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2008年5月のアーカイブ

サイクロン・ナルギス(Cyclone Nargis)のようなサイクロンがビルマに上陸することはまれらしいが、被害状況が伝わってきません。
元ミャンマー大使(任期1995年 – 1998年)山口洋一は「国際社会はミャンマーに余計な口出しをせず、援助や貿易、投資、技術移転などで側面的な支援を行うべき。」とのたもうたが、どさくさにまぎれて、国連監視団もなく国民投票を優先させる国があるでしょうか。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080515-00000092-jij-int
ミャンマー新憲法案を承認=国民投票、賛成が過半数超
5月15日17時1分配信 時事通信
【バンコク15日時事】ミャンマー軍事政権は15日、新憲法案の賛否を問うため10日に実施された国民投票で、賛成が92.4%に上ったと発表した。賛成票は有権者総数の76%に達した。サイクロン被災地では24日に投票が行われるが、新憲法案は総投票数の過半数の賛成で承認されるため、この投票を待たずに承認されることが事実上、確定した。
国民投票委員会などによると、同国の有権者数は2737万人。全国325地区のうち、10日に投票が実施された278地区の投票結果は賛成92.4%、反対6.1%、白票などが1.5%で、賛成票は2079万票に上った。投票率は99.1%。残りの47地区はヤンゴン、エヤワディ両管区の被災地。
同国内外ではこの結果について、疑問の声が出ている。現地の消息筋は「投票率が異常に高すぎる」と指摘。ミャンマー人亡命者の民主化組織「民主主義フォーラム」は、国連や国際社会に対し、投票結果を受け入れないよう訴えた。
ミャンマー日本人学校ブログより軍政権に対する西側報道の偏向について書いた記事に対するコメント転載します。
http://blog.goo.ne.jp/win1789
納得しました。 (松本)
2008-05-13 14:03:33
先生が直に見聞されているので、その通りと思います。
現在の欧米や日本の報道は、ミヤンマーのニュースの内容について、事実かどうかの検証がされなさ過ぎです。仮にそれが事実としても事件全体の内容がその報道通りなのか、視聴者に謝ったイメージを植え付けないかの検証がなく、事実に対する謙虚さが感じられません。訂正の報道もありません。
確か、NHKの今回の第1報は、死者4人以上と報道しました。死者4人位の外国の台風を何でNHKニュースで言うのだろうかと不審に思いました。
インターネットで調べるとそんなもんではないことが分かります。速報性を大事にするあまり、報道内容があまりにも事実と異なります。
また、日本の援助も初め3000万円くらい位でした。日本大使館はどんな調査・報告を本国にをしているのだろうかとがっかりしました。後で10億円ほどになりましたが、折角の援助もインパクトに欠けるやり方です。
今度、中国四川省の大地震がありました。日本のマスコミは、視聴率ばかり気にして、ニュースもワイドショウと同じです。これからは毎日大地震の報道で、ミャンマー・サイクロンの報道はなくなるでしょう。
新鮮報道  (nausicaa)
2008-05-13 19:11:43
そうですか。
私は,とっても驚きました。
でも,世界中の人々が,いまの報道を真に受けていると思います。でも多くの人には,その報道だけしか判断材料がないので,仕方のないことです。
ある種の報道は,造られるものです。意向に沿って造られるのものです。それを現実的に体験できるのは,貴重な経験だと思いますよ。普通では,なかなか気付けません。
以前に書いた,10万人以上が死ぬ,さらに最近,ひょっとしたら50万人以上かもという情報は,イギリスからの発信です。いわんやをやです。
この政権が続くかぎり,報道の偏向性は,変わらないと思います。そうしておきたいからです。
先生に質問です (ちだ)
2008-05-13 22:07:11
ミャンマー報道についての偏向は、以前から不快に思っていますが、国連の今後死者が10万人をこえるだろうという予測や雨季を迎え被災地の伝染病を危惧する論調には現地では実際どう思われますか?
また、金あまりで災害援助技術があり、暇な人がある国からはもらってもいいようにも思うのですが。神戸の震災の時も受け入れてやれば、千人ぐらいは助かったのではと。
自衛隊にしたって戦車まで積めるような馬鹿でかいホーバークラフトを持ってますし、あれがあれば水路大量の物資が運べる。
それはと、被災地への募金を届けるには、どういうルートが一番か教えて下さい。
私も大いに同意します。 (ゆでたまご)
2008-05-14 00:12:27
ゆでたまごです。
毎日ブログを読んでいますが、今回の記事は私の考えることと全く同じでしたので、コメントします。
私も色々な国を回りました。
その際、いかに白人が他の有色人種を下に見ているか、経験が腐るほどあります。
貧しい国や難民に対して援助をするために、
何台ものクーラーが効いたトヨタ・ランドクルーザーで乗り付けます。
彼らは1人では行動できないので、
通訳などの現地人を何人も引き連れて巡回します。
現地人を巻き込む可能性がある、どんな危険な場所でも彼らを先に歩かせます。
仕事が終わると、量・質ともに満足できる食事、寝室・風呂も完備したテントに帰ります。
発展途上国の人々を低賃金で働かせて膨大な利益を上げる一方、税金対策で自分の名前を付けたファンドでお金を募金し、名前を売ります。
記者たちは、より視聴率の取れる、刺激的な映像・写真を撮り、いかにミャンマーの政治が悪いかなどを本国へ送ります。
日本の記事は白人の記事を和訳したものです。
彼らがミャンマーに来ても、決して現地人と同じ釜の飯を食べないでしょう。
ミャンマーが援助隊を受け入れないのも、勝手に写真や映像を取りまくって、勝手な憶測でミャンマーは最悪な国ですと広めることを防ぐためでしょう。
白人は必ず主従関係で考えます。ミャンマー人と対等に考えられるのは日本人ぐらいです。
もっと腹立つのが、ミャンマー人には援助を任せられないので、領空侵犯してヘリコプターから荷物を落とそうなど、本気で考えていることです。
中国やインドなど大国に対しては、アメリカもヨーロッパも強い態度になれないのに、ミャンマーやイラクに対しては軍事力を背景に子ども扱いします。
日本人はプライドがなくなったのでわからないと思いますが、他の国の人だったら許せないですよね。
もし日本が後進国で、江戸時代のように着物やちょん髷の国だったら、刀を持っている野蛮人だの、人力車しかないので、援助が行き届かない、領空侵犯してジープやヘリコプターで援助するよ、と言われたら腹立ちますよね。
ミャンマー人の気持ちがわかるのはアジア人である日本人だけだと思いますね。
海外報道について (マジー)
2008-05-14 07:18:07
winさんの意見おっしゃる通りと思います。
日本での報道の仕方、もっといろんな
面からみてほしいと思います。
軍政を擁護する気はさらさらありませんが、
軍政=酷い という簡単な構図では言い表せません。
winさんの現地からの声は偏った報道の
誤りに気づかせる大事なご意見と思います。
被災者の方々に一刻も早く支援の手が届くように
お祈りしています。
お見舞いについて (南大沢)
2008-05-14 07:29:27
ミャンマーに住んでいる人に、災害お見舞いを送りたいのですが、「モノ」と「お金」ではどちらが歓迎されますか?
また、それぞれ安全で確実に届く方法を教えて下さい。
よろしくお願いします。
南大沢さんへ (win)
2008-05-14 13:05:59
日本のNGOでBAJという団体があります。
現地に根を張って立派な活動をしています。
日本にもその事務所があり、連絡や募金も可能です。
詳しくは
http://www.baj-npo.org/
を見てください。
本当なら私一人が行って、直接支援物資を贈るというのがベストですが、現地の状態はまだまだ酷く、なかなかそうはできません。
今週の土曜日にキリスト教会の援助隊がクンジャンゴンという町に救援物資を持っていくという計画があるので、それに便乗するか考えているところです。
ちださんへ (win)
2008-05-14 13:12:43
ヤンゴンでは雨期に入ったようです。
毎日雨が降っています。これからデング熱、マラリヤなどの疫病が心配されます。政府も新聞に疫病対策の注意記事を載せています。
疫病対策には蚊帳(かや)が一番重宝します。
蚊帳を贈っている団体はまだあまりないようです。
募金の送り方ですが、他のコメントに書いたように
http://www.baj-npo.org/
が効果的だと思います。
他にもユニセフなどの募金もよいと思います。
ミャンマー人として (aung)
2008-05-14 13:23:35
先生の生徒だった自分ですが申し訳ございませんが今回の意見に強く反対します。
先生はまだ住んで10年ですがミャンマー人としてミャンマーで生まれた訳ではありませんのでミャンマー人として意見はおそらくないでしょうがヤンゴンの現状と国営のテレビ見て仰っているようですね。
少し離れたところ、例えばSHWEPYITHARなどの町に見て行ってみてください以上です。
突然失礼致しました。
いろいろと (西村)
2008-05-14 15:44:17
欧米の災害救助隊ですが、阪神淡路大震災で日本が断ったスウェーデンやイスラエルの部隊は、食糧車両等ほぼ全て自前で、現地の案内人や警備等をつけず独自に活動する部隊だと報じられていました。現地政府に負担をかけるものではないはずです。ミャンマーでの活動を希望した部隊も同じではないでしょうか。
ミャンマー人がプライド高いとはよく聞きますが、田舎の村で「スモールマネー、スモールマネー」と言いながら絡み付いてくるいい年したおばちゃんや、ヤンゴンの街中で「学費が足りない、5ドルでいいからくれ」なんて言ってくる若い奴らを見ていると、こいつら恥も外聞もないなと思ってしまいます。プライドが高いのなら赤の他人に金の無心など恥ずかしくてできないと思うのですが。
個人的には、日頃自国民に苦難を強いている政府が、災害救助で頑張ったところで海外メディアで高い評価を得るのは無理というものだと思います。胡錦濤がいくら日本で笑顔を振りまいても、日本人は猜疑心をぬぐいきれないのと同じではないでしょうか。偏見といえば偏見ですが。
Unknown (Unknown)
2008-05-14 16:22:57
すごく腹の立つ文章。
自分は軍にお世話になって仕事してるからいいですよね。一般市民の自由を奪って自分たちの思うがままにしている軍事政権を前提にものをいってください。
西村さんへ (win)
2008-05-14 20:10:07
>食糧車両等ほぼ全て自前で、現地の案内人や警備等をつけず独自に活動する部隊だと報じられていました。
日本のようにインフラが整ってる国なら独自に行動できるでしょう。ミャンマーでは到底できるとは思えません。雨季のぬかるみの道のひどさをご存知ですよね。
Unknownさんへ (win)
2008-05-14 20:16:29
>自分は軍にお世話になって仕事してるからいいですよね。一般市民の自由を奪って自分たちの思うがままにしている軍事政権を前提にものをいってください。
少なくとも私は軍のお世話になって仕事をしているとは思っていません。しいて言えば、滞在許可だけでしょうか。。。。。
もちろんあなたが言われる一般市民の自由を奪っているということは同じ気持ちですよ。
私が今、言いたいのは軍事政権がどうかということではなくて海外メディアは偏向している。事実を伝えていないということです。
「私は軍事政権を擁護しているわけではない」とあるでしょう。その意味がわかりますか?
>すごく腹の立つ文章。
はい、どこが腹が立つのか具体的に教えていただければありがたいです。
aungさんへ (win)
2008-05-14 20:27:00
もちろんシュエピーター、ラインターヤーなどヤンゴン近郊の町の被害状況もよく知っています。
救援活動や復興活動が十分ではないことも知っています。
しかし、それはどこの国でも同じです。
日本でも阪神大震災のとき、何日目に自衛隊が出動しましたか?生き埋めになっている人を全員助け出すことができましたか?
完璧な救援活動は無理です。限界があります。
完璧にできるとしたら、それは神様だけでしょう。
「意見に強く反対します」とありますが、どの部分をどのように反対したいのですか?
具体的に話してください。
たぶんaungさんは反政府の立場の人だと思いますが、
私も「軍政を擁護しているわけではない」とはっきり書いていますよ。
気持ちはたぶんaungさんと同じです。
今回の記事で私が問題にしているのは、事実と異なったことを報道している海外のメディアのことであって、軍政の味方をしているのではありません。
「民主化を早く実現してほしい」と書いていますよね。
Unknown (Unknown)
2008-05-14 20:57:49
先生、この国に洗脳されてるんですか??外国からもらったお金で軍施設をなおし、もらった物資を路上でうりさばき、この災害で家を失なった人が100万人もいるんですよ。路上の木をどかしただけでそんなにすごいんですか??この政府がよければ、こんなに世界にミャンマー難民がいませんよ。食べ物たべれないひとが沢山います。こんなに天然ガスがでて、宝石とれて、木がうれて、フルーツ、おこめがとれ、資源がたくさんあって、だれが潤っているんですか??この政府じゃないんですか??
Unknown (Unknown)
2008-05-15 01:22:12
先生がミャンマーにいたのは10年だけです。。
どうしてそんなひどいことをミャンマー人に言ってるのですか?先生は自分のまわりだけ見ていますね。。
ミャンマーで学校も上手くいっているから、
それで贅沢して、そんなことが言えるのですね。
先生のまわりに、ミャンマー人の友達、何人いる?
今、町に出て、みんなの話を聞いてみてください。
ヤンゴンの交通や電気、電話などがほとんど直ってきていると言いましたね。
その話を聞くと、先生はミャンマーのことをまったく知らないみたいですね。
これからは、外のことをちゃんと見てください。
今、先生が書いたことについて、その責任をとって、
みんなに謝ってください。
昨年の中越沖地震の際には (通りすがり)
2008-05-15 09:21:09
ある国のボランティア団体のサポートをしました。
その一部は日本語を話せますが、ほとんどが話せません。
また、英語もできない人もかなりいました。
私自身は英語はあまり得意ではありませんが。
お互い一生懸命やりました。
私は彼らに対し、感謝や尊敬の気持ちは持っても、来てももらって困ったなどとは思いませんでした。
感じ方は様々でしょうが、受け入れ側の少しの変化が良い結果を産むと思います。
Unknownさんへ (win)
2008-05-15 12:55:09
>ヤンゴンの交通や電気、電話などがほとんど直ってきていると言いましたね。
その話を聞くと、先生はミャンマーのことをまったく知らないみたいですね。
誤解を与えたようですね。
私は「ヤンゴン市内の交通網は被災後5日にして完全復旧した」と書きました。
電気、水道、電話については
「電気も水道も電話も、市内ではどんどん回復しつつある。」と書きました。
どこにも、「ほとんど直っている」とは書いていませんよ。「~つつある」という意味がわかりますか?
進行形の形です。
ただし、9日のブログで「ほとんど復旧しています」と書いてしまいました。
これは「交通網がほとんど復旧しています」と書くべきでした。
あなたに、また多くのミャンマーの方に誤解を与えたことを深く謝ります。
ごめんなさい。
参考までですが、今日、学生に「家に電気が来ていますか?」と聞くと、15%くらいが「来ている」と答えました。
市内の情況はそのくらいですが、郊外についてはまだまだだと思います。
ただし、ラインターヤーの一部では電気が来ています。
Unknownさんへ (win)
2008-05-15 13:06:08
すみませんが、今の政府がいいか、どうかはこのブログでは取り扱っていません。
そのことについては、たぶんあなたの意見と同じだと思いますよ。
詳しくはメールしてくださいね。
「木をどかしたことがすごい」なんてどこにも書いていませんよね。私は事実を書いているだけです。
木をどかしたのはほとんどが兵士たちであることは事実なのです。それもあなたは認めないのですか?
お互いに事実を認め合うことが大切なのではないですか。それが民主主義のスタートになるのでは?
事実を認めようとしないのは、今の軍政とあなたは同じことになりますよ。
何度も言うのも疲れてきましたが、私が問題にしているのは、海外のメディアは正しいことを報道していない。一方的な見方だけしか紹介していないことを問題にしているのです。
今の軍政がいいとか悪いとかは関係ないのです。
わかってもらえたでしょうか?
Unknown (伊藤)
2008-05-15 18:08:43
「腹の立つ文章」と書いた伊藤と申します。
すみません、とっさに書いてしまい、名前も名乗らず突然失礼な文章を送り、申し訳ございませんでした。
“「私は軍事政権を擁護しているわけではない」とあるでしょう。その意味がわかりますか?”
とありましたが、
そちらでビジネスをするにはかなり政府にお世話にならないと難しいでしょうし、そして、学生さんたちも軍事政権の方が多いのではないでしょうか。
ビジネスが成功されているということはかなり政府に優遇されているかと思います。
そのような立場の方が書かれたあのような文章なので、軍事政権を擁護されているように思う人、感じる人、またミャンマー人がいても、それは仕方のないことだと思いますが、いかがでしょうか。
国民の為の政府であれば、国民の為に率先して他国からの援助も受け入れるべきだと思います。今の報道を見ると、救援物資が届かなくて飲まず食わずの方が非常に多いようです。その報道は生の声を伝えているんだと思っています。
他国からの援助を敏速に受け入れればかなりの人が救われると思います。
WINさんがいわれているように過剰なマスコミ報道はあるかとも思いますが、実際にそれを断固拒否しているミャンマー政府に非難が集中するのは今の現状を見るうえで仕方のないことだと思うのです。
もし、ミャンマーの本当の現状をミャンマー政府が知らせるならば、ODAで建てられた軍人の為の軍人の家族しか行けないきれいな病院をうつすのではなくて、
汚くてせまい、一般の国民が行く病院をうつすべきじゃないですか?
プライドが高いというのは今のミャンマー軍事政権の一番いけないところです。
そのプライドとやらと自分たちの富の為にどれだけの一般ミャンマー人が大変な思いをしているか、実際に自分たちの国が世界でどのような立場におかれているか、それを政府はしっかり見ないといけないと思うのです。
そのあたりのことはWINさんもよくご存知かと思いますので、そこを間違えないでいただきたいです。
このようなことを1意見として聞いていただければ幸いに思います。
これにて打ち止め (松本)
2008-05-15 18:23:59
この辺で終わりにしましょう。
疲れて、ブログなんかやめた! といったことななれば残念です。
異論がある方は、ご自分でブログを立ち上げ、ご自分の意見を発信すればよいでしょう。
ミャンマー関係のブログで、このブログは秀逸です。毎日、読み応えのあるブログを発信するのは大変なことです。
生き生きとしたミャンマーの現在を垣間見れて感謝しております。
伊藤さんへ (win)
2008-05-15 19:13:41
>そちらでビジネスをするにはかなり政府にお世話にならないと難しいでしょうし、そして、学生さんたちも軍事政権の方が多いのではないでしょうか。
ビジネスが成功されているということはかなり政府に優遇されているかと思います。
他のコメントにも書きましたが、私は政府のお世話になっているとは思いません。
しいていえば、滞在許可くらいでしょうか。
学生さんたちには軍事政権の人はまったくいません
よ。そんな学生がいたら、えらいことになります。
ビジネスは成功?….う~ん、もしそうだったら、車の1台くらいは買っているでしょうね。
今は玉子を食べるのさえ難しい情況です。
えらい軍人さんの知り合いも、残念ながら一人もいません。
>そのような立場の方が書かれたあのような文章なので、軍事政権を擁護されているように思う人、感じる人、またミャンマー人がいても、それは仕方のないことだと思いますが、いかがでしょうか。
はい。それは承知で書きました。
冒頭の文に書いてあるとおりです。
ただし、最後に書いている通り、軍政を支持しているのではない。海外のマスコミは事実を伝えていないことを言いたかったのです。
>実際にそれを断固拒否しているミャンマー政府に非難が集中するのは今の現状を見るうえで仕方のないことだと思うのです。
はい。その通りだと思います。
松本さんへ (win)
2008-05-15 19:20:28
ブログを愛読していただきありがとうございます。
そうですね。年甲斐もなく興奮して書いてしまった部分もあります。
この辺で打ち止めにします。
まだ、言いたいことがある方はメールで送ってください。
winedu@myanmar.com.mm
メールがやっと復活しました。
メルマガより転載
【ビルマ・サイクロン被災】 あなたの寄付はどこに?
ビルマ軍政による驚愕の援助配布法
http://www.burmainfo.org/relief/spdc-aid-distribution_200805.html
作成:ビルマ情報ネットワーク(http://www.burmainfo.org)
外国からの援助物資は軍の倉庫へ、被災者には腐った米などを配布
ラングーンに長く住む外国人によれば、国連世界食糧計画(WFP)が届けた高エネル
ギービスケットが大量にビルマ軍の倉庫に運び込まれた。代わりに被災者に配られた
のはもっと質の低い、味のないビスケットだったという。ケア・オーストラリアのス
タッフも、イラワジ・デルタ地域で被災者に配られている腐った米の一部を持って
帰った。大変古く、栄養価も低い。
http://www.irrawaddy.org/article.php?art_id=12001
(5月13日付、イラワディ誌経由AP)
軍政関係者が外国からの援助物資を販売
イラワジ管区ボーガレーの住民によれば、ボーガレーで当局関係者が外国からの救援
物資を押収し、被災者に販売している。物資を売っているのは兵士や軍政翼賛団体の
連邦連帯発展協会(USDA)、スワンアーシンの会員。町にある複数の僧院にはそれぞ
れ800~1000人が避難しているが、屋根がサイクロンで吹き飛ばされてないま
まの僧院もあるという。
(5月13日付、DVB)
http://english.dvb.no/news.php?id=1270
被災者への支援は賛成投票と引き換え
男性:ラングーン管区タンルイン郡で、サイクロンで学校の建物が破壊されたので教
師たちが当局に助けを求めたところ、「すでにできるだけのことをしている。米も支
給している。しかし『賛成票』を入れなければ(学校の修理に助けは出さない)」と
言われた。教師らは「賛成投票します。皆で賛成投票します」と答えた。当局は「そ
れだけでは足りない。家族にも賛成投票させなさい」と言った。教師たちは「家族の
投票までは保障できません」と答えたが、「だめだ。家族も賛成投票しなければだめ
だ。家族も賛成しなければ、助けることはできない」と言われた。
(自由アジア放送(RFA)ビルマ語ラジオ放送より)URLなし
軍政、イラワジ・デルタを外国人立ち入り禁止に
軍政は、サイクロン被害が大きいイラワジ・デルタ地域への外国人の立ち入りを禁止
した。ビルマ人が入る場合も、カメラ持込は禁止。道沿いには検問所ができ、特別な
許可証がなければ通れない状態とのこと。
(5月13日付、ミジマ)
http://www.mizzima.com/nargis-impact/18-nargis-impact/520-junta-further-isol
ates-cyclone-hit-delta
救援物資が市場で売られる 日本から送られたタオルも
外国から支給された高エネルギービスケットはビルマ軍のラングーン司令部が押収
し、被災者にはその代わりに国産の質の悪いビスケットが配られている。また、ラン
グーンやイラワジ管区ボーガレーの市場などで即席めんやビニールシートなどが売ら
れている。日本の国旗がつき「日本国民からの寄贈」と書かれたタオルもあった。
http://english.dvb.no/news.php?id=1276
(5月13日付、DVB)
軍政、救援物資の配布の模様を撮影後、物資を持って帰る
ラングーン・コーム郡にいた住民によれば、同郡では軍政当局や村長らが救援物資の
7割を取ってしまい、被災者には3割しか渡らなかった。ラングーンのジャーナリス
トによれば、一般人が寄付をしたい場合には直接被災者には渡せず、軍政翼賛団体・
連邦連帯発展協会(USDA)に預けなければならない。またラングーン・フラインタ
ヤー郡とシュエピタ郡では、当局が救援物資を配る様子を撮影した後、救援物資を
持って帰ってしまった。同タンルイン郡で国連世界食糧計画(WFP)が米を配ろうと
したところ、当局に10袋渡すよう命じられた。
http://www.irrawaddy.org/article.php?art_id=11981
(5月12日付、イラワディ誌)
軍政、イラワジ・デルタでの援助配布を制限
イラワジ管区ボーガレーに救援物資を届けたビルマ人ビジネスマンが語ったところに
よれば、ボーガレー周辺ではビルマ軍が援助物資を押収しており、寄付者が被災者に
直接援助物資を渡すことはできない。
(5月13日付、イラワディ誌)
http://www.irrawaddy.org/article.php?art_id=11994
被災者用の援助物資が売られる
ラングーン市民によれば、袋入りの麺やコンデンスミルク、蚊帳などサイクロン被災
者用の物資がラングーンの路上や市場で売られているという。以前は出回っておら
ず、国営放送で(軍政が配っているとして)発表されているブランド名がついていた
ため、救援物資だとわかった。
(5月12日付、DVB)
http://english.dvb.no/news.php?id=1264
軍政、避難所にいた住民を追い出す
地元の援助関係者によれば、イラワジ管区ボーガレーで当局が僧院に避難していた住
民を追い出した。当局は被災者に食糧を売っている。また、外国からの救援物資が町
に届いたので住民が取りに行くと、軍などに3分の1を渡すように言われた。
(5月12日付、DVB)
http://english.dvb.no/news.php?id=1263
助けられないのは外国人だけでない
ミャンマーで有名な映画スター、チョートゥ氏が最近イラワジ・デルタ地域に赴き、
サイクロン被災者に米を配っていたところ、軍のパトロール隊に止められ、「住民に
直接米を渡してはいけない」と言われた。また、イラワジ管区デーダイェの村長は、
国連機関が地元の国軍に質のよい米を届けたが軍が横取りしてしまい、住民には少量
の、しかも質の悪い米しか配られなかったと語った。
(5月12日付、ニューヨーク・タイムズ)
http://www.nytimes.com/2008/05/12/world/asia/12myanmar.html?partner=rssnyt&e
mc=rss
民族や宗教による差別も?
ラングーンでは、地区当局が毎日、サイクロンで破壊された村の名前や死亡者・生存
者の名簿が載った紙を配っている。しかし当局が発表するのは、ビルマ民族
(Burman)が大多数を占める村の情報だけ。カトリック、バプテスト、ムスリム、カ
レン民族が多い村には言及がなく、政府からの支援を受ける資格もないということら
しい。
(5月11日付、ミジマ)
http://www.mizzima.com/nargis-impact/18-nargis-impact/495-refugee-camps-guar
ded-like-prisons
米などは軍政や翼賛団体関係者のみに渡り、被災者は避難所から追い出される
ラングーン管区フラインタヤー郡の被災者が語ったところによれば、当局は米などを
軍政や翼賛団体の連邦連帯発展協会(USDA)関係者に優先的に配っている。また、当
局は第三国立高校に避難していた住民を追い出した。
(5月11日付、DVB)
http://english.dvb.no/news.php?id=1256
救援物資は治安隊を通せと
ヤンゴン管区クンヤンゴン郡の町では、寄付しようとする市民は物資や現金を町の中
央部にいる治安隊に預けなければならないという。
(5月10日付、イラワディ誌)
http://www.irrawaddy.org/article.php?art_id=11922
救援物資は軍政翼賛団体を通せと
ラングーンで、軍政や軍政の翼賛団体である連邦連帯発展協会(USDA)関係者らが個
人的に米や衣類を寄付しようとする市民を脅し、物資をUSDA会員に渡すよう求められ
ている。USDAが配布を監督するからとのこと。
(5月10日付、イラワディ誌)
http://www.irrawaddy.org/opinion_story.php?art_id=11910
救援物資の箱に軍政幹部の名前が太字で
軍政は11日、外国から届いた救援物資を初めて配布したが、救援物資の入った箱に
は軍政高官の将軍の名前が大きく書かれていた。国営テレビは軍政トップ・タンシュ
エ将軍など軍政高官が仰々しい式典で被災者に援助物資を渡す模様を繰り返し放送し
ている。ある箱にはミンスエ将軍の名前が太字で書かれており、「タイ王国からの援
助」と書かれたラベルが目立たなくなっていた。
(5月10日付、イラワディ誌経由AP)
http://www.irrawaddy.org/article.php?art_id=11916
被災者に米を届ける車列が軍政翼賛団体に襲われる
ラングーン管区タンルイン郡の被災者に届ける米を運ぶ車列がスワンアーシン会員に
襲われた。(訳注:スワンアーシンは親軍政団体の一つで、昨年9月の民主化蜂起の
際もデモ参加者に暴力をふるい、逮捕を助けていた。)スワンアーシン会員はこん棒
やナイフを持っていた。あるNGO職員によれば、救援物資の配布には軍政だけでな
く、軍政大衆組織の連邦連帯発展協会(USDA)の許可が必要。
(5月9日付、イラワディ誌)
http://www.irrawaddy.org/article.php?art_id=11891
軍政、僧侶による救援活動を妨害
ラングーンでは僧侶らが住民に食糧を配ったり、倒木を片付け、家を建て直す手伝い
をしているが、軍政当局は僧侶たちに対し、僧院を避難所として使わないように命令
した。軍政はは僧侶が生存者を助けたり路上で作業をしたりする写真を出版しないよ
う、報道機関に命令した。僧侶たちが生存者に水を配りたいと思っても、まず当局の
許可を取らなければいけない。
(5月7日付、イラワディ誌)
http://www.irrawaddy.org/article.php?art_id=11823
軍政が被災者に食糧を売る
ラングーンで、サイクロンで被害を受けた人に軍政当局が食糧を売ると発表したが、
サイクロンの被害で衣食に事欠く住民には買えないほど値段が高い。また、ラングー
ン各区の平和発展評議会(地元当局)事務所でも米や食用油、屋根用の材料などを
売っている模様。
(5月7日付、DVB)
http://english.dvb.no/news.php?id=1215
もっと詳しい情報は
きょうのビルマのニュース(平日ほぼ毎日更新)
http://d.hatena.ne.jp/burmainfo/
ビルマ情報ネットワーク
http://www.burmainfo.org/
—転載終わり
ミャンマーのサイクロン被害はマングローブ林の減少が一因、ASEAN事務局長
http://www.afpbb.com/middle/1057/2387739
国際情報科学研究所デジタル台風:ベンガル湾のサイクロン:Cyclone NARGIS(ナルギス) (2008) – ミャンマーで大規模災害(時系列にまとめてあります)
http://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/world/bob/NARGIS/
軍事政権が被災者らを軍政管理下にある避難所に強制移送
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2391480/2930285

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アーチ式ダム断面模式図
重力コンクリート式ダム断面模式図
都江堰市上流のダムに亀裂 安全確保で緊急放流を開始山陽新聞より転載
都江堰市上流のダムに亀裂 安全確保で緊急放流を開始
【北京14日共同】新華社などによると、中国の四川大地震で、震源地の四川省アバ・チベット族チャン族自治州☆川(ぶんせん)県にある紫坪埔ダムの堤頂部に亀裂が見つかり、「極めて危険な状況」(地元幹部)となったため、水利省は14日、ダムの安全確保のために緊急放流を開始した。
同ダムは2006年に完成した発電や洪水調節用の多目的ダムで、総貯水量は日本最大の徳山ダム(岐阜県)の2倍弱に当たる11億1200万立方メートル。水利省は、仮にダムが決壊すれば、約9キロ下流にある人口約60万人の都江堰市が、完全に水没する大災害になるとして対策を急いでいる。
紫坪埔ダムでは同日、水利省次官や専門家がダムを検査し、通常の放流量を大幅に超える毎秒700立方メートルの放流を行うことを決定。また万一に備えて、既に約2000人の兵士が現場に急行しているとの情報もある。
wikiより
西部大開発の一環として進められている、四川省紫坪鋪水資源開発事業の中核を成すダムである。灌漑、治水、水力発電の機能を担う。四川省紫坪鋪開発有限責任公司の監督の下、2000年から本格的な工事が始まった。なお、円借款で造られていることもあり、コンサルタント業務には日本の電源開発株式会社が参画している。
建設の際の問題点
第二ダムの建設により、ユネスコの世界遺産(文化遺産)となった灌漑設備「都江堰」が影響を受けるのではないかという懸念が、環境保護団体から出されている。
湛水予定敷に居住する約4万人の住民(チベット族など少数民族を含む)の立ち退きが必要となるが、立ち退きに関する情報は非公開となっている。このため、一方的な移住が行われているのではないかと懸念する人権団体も存在する。
四川大地震の影響
2008年5月12日に発生した四川大地震の影響により、紫坪埔ダムの堤頂部に亀裂が発生。安全性を確保するために5月14日から緊急放流を開始した。
三峡ダム

三峡ダム 問題点wikiより
住民の強制移転
ダム工事に伴い強制移転を余儀なくされた住民の数は2007年12月の時点で140万人に及ぶ。また2020年までに更に230万人が退去予定である。これら「三峡移民」の多くは充分な補償も受けられないまま貧困層へと転落しており社会問題となっている。
名勝旧跡の水没
三峡は中国の紙幣にも描かれるほどの中国を代表する名勝であり、多数の船が国内・国外からの観光客を乗せてクルーズしている。しかし、ダムができることで、長年親しまれていた景観が大きく変わってしまう。
水質汚染
三峡ダムの水没地及び周辺地域からの汚染物質の流入により長江流域、黄海の水質悪化、および生態系への影響が懸念されている。対策として、三峡ダム地区(湖北省―重慶市)の汚水・ゴミ処理場の設置が計画されており、既にその60%が稼働している。しかし、人口3000万人を超える重慶など上流域での、工業・生活排水対策が不十分であれば、貯水池は「巨大な汚水のため池」になりかねない。中国国家環境保護総局は、貯水開始後のダム地区の水質について、「大きな水質変化はない」との観測結果を発表している。だが、一部水域で、大腸菌群や浮遊物による汚染が発生していることも明らかにしており、環境への悪影響が懸念される。
また、2002年以降、エチゼンクラゲが日本沿岸で大量発生し漁業被害が深刻化しているが、その要因の1つが三峡ダムではないかという仮説が立てられており、国立環境研究所などが検証を始めている。
土砂堆積
三峡ダムは、流入する土砂で埋没してしまうのではないかと懸念する意見もある。これに対して当局は、三峡ダムは流域面積108.4万平方Km、土砂流入5.3億トン/年で、年間平均総流入量4500億トンに対し、有効貯水量は220億トンで5%にも満たない。また、土砂吐きにはダム下流側に7m× 9mのゲート23門を設け、6月~9月の洪水時に175m満水位から35m水位を下げて、洪水と共に土砂を排出する計画になっており問題は生じないとしている。
中国の清華大学では、100年に渡る土砂堆積を予測する実験を行い、懸念される土砂の堆積について次のように解説している。「年間平均5.3億トンの土砂流入と推測されるが、ダム完成直後は土砂が貯水池に堆積し、下流への流出土砂は流入してくる土砂より少なくなる。しかし75年経つと流入土砂量とダムから下流へ流出する土砂量とが等しくなる」(これは三峡ダムに限らず、世界中のどのダムにも共通して言えることである)
しかし、この手法では、ダム底にたまる砂利や栗石の排出は困難であり、また、そもそも土砂排出が計画通り機能するかに関しても疑問を呈する声がある。
地震の可能性
2006年8月、香港の中国人権情報センターは三年以内に三峡ダムが強い地震を引き起こす可能性があると発表した。また中国国務院の温家宝総理もこの件について憂慮しているとも添えられている。同発表によると、当局は1993年より同ダム近辺についての地質調査を行っているが、その結果および重要な地質資料が極秘となっている為に、外部機関が精査することが出来ないとしている。
蓄積された水の重さにダム付近の岩盤や地質が耐え切れずに「地震」を引き起こすのでは無いかという懸念が寄せられているのも事実である。仮に何らかの理由でダムが決壊した場合、その流域に未曾有の大惨事をもたらすことは必至である。
四川盆地の干ばつ
三峡ダムとの関連性を指摘されている。
チャスタイズ作戦の攻撃目標となったエーデル・ダム。

ダム災害
wikiより転載
バイオントダムは、イタリアのヴェネト州ピアーヴェ(Piave)川の支川バイオント(Vaiont)川の深い渓谷に作られた、アーチ型のダム。1963年に大規模な地すべりを起こしてダムとしては放棄された。
ダムの建設
ピアーヴェ川総合開発計画の一環として計画された。1959年に着工され、1960年11月30日に竣工した。完成当時、堤高262mと当時の世界最大を誇った。
ダムの完成後
貯水開始後、地震が頻発するようになり、水深が130mとなった時点で最初の地滑りが発生した。この地滑りで貯水池が二分される形になったため、両方を結ぶバイパス水路を建設した。
ダム貯水池津波
1963年、この年は記録的な豪雨に見舞われ、9月には貯水量を下げるために3本のトンネルから放水が行われた。そして10月9日22時39分、ダムの左岸の山が2km以上に渡って地滑りを起こして崩壊。2.5億m3以上もの土砂がダム湖に流れ込んだ。これによりダム地点で最大100mを超す津波を引き起こし、5000万m3の水が溢れ、下流の村々を押し流した。この結果、ダムの工事関係者と下流に住む人2125人が死亡し、594戸の家屋が全壊するという大惨事となった。特に直撃を受けたロンガローネ村はほぼ全滅の被害を受けた。
地滑りは、地下水位の急激な変動が引き金になるといわれており、バイオントダムではダム関係者が放流を急ぎ過ぎて水位降下が早かったのが原因だと指摘する声もある。
事故の影響
事故の責任を問う裁判が行われ、住民を避難させなかったとして8人の関係者が有罪となった。
また、この事故後、ダムの建設において周辺の地質を調べることが特に重要視されるようになった。どれだけ頑丈な堤防を作っても、周囲の山が崩落してはダム湖の水など簡単に溢れることが判ったためである。
日本では地質が脆弱なことが多く、ダム地点の地質条件については慎重な調査と対策が行われてきたが、湛水域の地質についてはダム計画決定後に調査されることが多い。そのため、時には湛水域で小規模な地すべりが発生しているが、下流に被害が生じたことはない。2003年4月に奈良県の大滝ダムで試験湛水中に白屋地区地すべり(国交省発表の土量は200万m3)が起こった。しかし斜面にクラックを生じた段階で試験湛水を中止し、地すべり対策をおこなったため、このときも下流に被害を生じていない。現在、大滝ダムは恒久対策が完了するまで本格的な運用を停止し、洪水調節ができない。(出典:大滝ダム地すべり災害(奈良県)調査報告書,国土問題,68号,国土問題研究会,2006年4月,印刷中)
チャスタイズ作戦
チャスタイズ作戦(-さくせん、Operation Chastise)とは、第二次世界大戦中の1943年5月17日に実行された(作戦自体は同年3月10日より始まる)、イギリス空軍第617飛行中隊による、ドイツ工業地帯のダムの破壊を目的とした作戦。この作戦には「反跳爆弾(Bouncing bomb)」が使用された。作戦後、同中隊は「ダムバスターズ(ダム攻撃隊)」として知られるようになる。
計画はビッカース社のバーンズ・ウォーリス技師が開発した反跳爆弾を使用することで進められた。ウォーリスは航空機の設計士で、爆撃機の設計により功績が認められた。ビッカース・ウォーリス爆撃機の開発の傍ら、ダムに対する爆弾の開発に着手する。 研究当初、10トンの爆弾を高度40,000フィート(約12,192m)から投下する予定であったが、当時その重量の爆弾を搭載できる爆撃機は無かった。 さらに、主要なドイツのダムは、魚雷による攻撃を防ぐために魚雷防御網によって守られていた。そこでウォーリスは、ドラム缶型の爆弾を水面を飛び跳ねてから爆発させるようにした。この爆弾の命中精度は高く、テストと多くの作戦会議の後、計画は1942年2月26日に予定された。 爆弾はコードネーム「Upkeep」と呼ばれた。作戦はダムの水位が一番高い5月に予定された。任務は第5爆撃機集団に与えられ、新たに部隊が構成された。当初X中隊と呼ばれ、170以上の戦歴を持つガイ・ギブソン中佐が隊長となり、21人の搭乗員が爆撃機集団から中隊に選ばれた。
標的として、ルール工業地帯のメーネ・ダム、ゾルペ・ダム、エーダーゼー貯水湖を形成するエーデル・ダムが選ばれた。水力発電施設の破壊だけでなく、工業地帯、都市部を流れる運河への影響も重要視された。
実際に作戦で使われた反跳爆弾 ダックスフォード王立戦争博物館にて中隊はタイプ464臨時改造アブロ ランカスターMk.IIIで構成された。重量を減らすために背部銃塔などの武装は撤去された。 爆弾倉扉は取り外され、爆弾は機体の下部に取り付けられた。爆弾を2本の支柱で取り付け、投下時に補助電動機によって回転させた。
爆弾を上空18mから時速390kmで目標に着弾させるには、熟練した搭乗員、夜間での低空飛行訓練だけでなく2つの技術的問題の解決が必要となった。一つ目は、機体と標的との正確な距離を知ることであった。エーデル・ダムとメーネ・ダムの端には塔があり、その塔と照準装置の角度を調節することにより、爆弾投下のタイミングを知ることに成功した。2つ目の問題は、機体の正確な高度を知るのが、当時の高度計では困難なことであった。そこで、機首と胴体にそれぞれスポットライトを、2本の光線が機体の下で横切るように取り付けられた。これにより被照明部分を水面で重なり合わせることで機体高度を知ることに成功した。搭乗員はレスターシャー州のEyebrook貯水湖とダービーシャー州上空で訓練を行った。
4月29日のテスト後、爆弾は5月13日中隊に届けられた。天候の報告の後、パイロット、爆撃手及び航法士は目標を知らされた。
攻撃
構成
中隊は3個梯団で構成された。第1波は、メーネ・ダムへの攻撃後、残りの爆弾でエーデル・ダムを攻撃する。第2波はゾルペ・ダムを攻撃。第3編隊は予備兵力として、2時間遅れて離陸し、主要なダム、またはSchwelm、エンペネとDiemなどで小さなダムを破壊する。
第1梯団は3個編隊で構成され、第1編隊にギブソン、ホップグッド、マーティン、第2編隊にヤング、アステル、モールトビー、第3編隊にモーズレー、ナイト、シャノンの計9機。第2梯団にマッカーシー、バイヤーズ、バーロウ、ライス、マンローの計5機、第3梯団にタウンゼンド、ブラウン、オットリーとバーピーにてそれぞれ構成された。作戦室はグランサムの第5爆撃機集団本部に設置された。
飛行
中隊はドイツ軍のレーダー探知を逃れるため70フィートから120フィートの低空飛行をした。第1波は高射砲を避け2本のルートを飛び、ワルヘレンとSchouwen間を通ってヨーロッパ大陸上空にに到達、オランダ上空を横断しアイントホーフェンとヒルゼの空軍基地を避けつつルール地方に向かう。第2波は北方に飛び、アイセル湖到達後第1波と合流した。
しかし、オランダ上空到達直後、第2波のモンロー機が高射砲の攻撃を受け撤退する。また、ライス機は飛行高度が低すぎ、爆弾を水中に落としてしまう。同じく第2波のバーロウ機とバイヤーズ機は海岸線到達後に墜落した。第2波内でオランダ上空で生還したのはマッカーシー機だけであった。一方、第1波はローセンダール上空でアステル機を失っただけであった。
メーネ・ダムへの攻撃
破壊されたメーネ・ダム第1波は第1目標のメーネ・ダム上空に到達する。はじめにギブソン機、次にホップグッド機が攻撃した。しかし、ホップグッド機の爆弾はダムの胸壁を飛び越して発電施設を爆砕してしまう。その後、機自体も対空砲火を受け墜落。マーティン機は三番目に爆弾投下した。この時、ギブソン機は対空砲火を分散させるため囮となってマーティン機に先行する。さらに第2編隊のヤング機、マルトビー機が爆弾を投下、メーネ・ダムを決壊させることに成功する。ヤング機、シャノン機、モーズレー機、ナイト機は、次の攻撃目標であるエーデル・ダムへ向かうギブソン機に追従する。
エーデル・ダムへの攻撃
エーデル・ダム周辺は深い霧に覆われていたため、接近は困難であった。モーズレー機は爆弾を投下するもダムの最上部に落ち、機は爆風に見舞われた。シャノン機は爆弾の投下に成功、最後にナイト機が投下し、ダムは決壊した。
エンペネ・ダム、ゾルペ・ダムへの攻撃
マッカーシー機は単独でゾルペ・ダム上空に到着する。爆弾の投下に成功するも、ダムの破壊には失敗する。バーピー機はゾルペ・ダムへ向かったが到着できなかった。ブラウン機はさらに濃くなった霧の中で爆弾を投下するも、ダムの破壊には失敗。
タウンゼント機はエンペネ・ダムに爆弾を投下したがダムの破壊には失敗。その間、同じくエンペネ・ダムに向かったオットリー機は撃墜される。
帰還
低空飛行で帰還中、ヤング機は高射砲の攻撃を受け墜落する。
日本のダム事故
入鹿池決壊事故(入鹿切れ)(愛知県・五条川。アースダム。1868年・明治元年)
大雨によって堤体が越流・決壊。下流の住民941人が死亡し行方不明者多数。明治以降における日本のダム事故において最悪の被害を出す。事故前に様々な怪奇現象が報告されたとの伝承がある。
小諸発電所第一調整池決壊事故(長野県・信濃川・バットレスダム。1928年・昭和3年)
建設された場所の基礎地盤が不良であったために、崩壊。7人が死亡する。その後場所を改めて再建されるがこれはアースダムであり、バットレスダムとしては現存せず。跡地は公園となっている。

幌内ダム決壊事故(北海道・幌内川・重力式コンクリートダム。1941年・昭和16年)
建設時の施工ミスが遠因で、豪雨の際に堤体両岸から貯水が越流・決壊。下流の住民60人が死亡。ダムはその後放棄され機能していないが現存。

夜明ダム決壊事故(福岡県-大分県・筑後川・重力式コンクリートダム。1953年・昭和28年6月)
九州北部に壊滅的被害を与えた1953年6月梅雨前線豪雨の際、筑後川の濁流がダム両岸より越流し崩壊。ダム本体の水門も破壊された。福岡・大分両県による調査も行われたが、ダム決壊によって下流の水害が増幅されたという推測は否定された。ダムは現存し稼働している。

大正池決壊事故(京都府・玉川・アースダム。1953年・昭和28年8月14日)
「集中豪雨」という語句の初見となった南山城水害(参考)により、下流のため池と共に越流・決壊。105人が死亡した。ダムはその後1960年(昭和35年)に再建され、1999年(平成11年)には重力式コンクリートダムとして改良され稼働している。

和知ダム第三ゲート崩壊事故(京都府・由良川・重力式コンクリートダム。1967年・昭和42年7月)
ダム完成の一月後、ゲートを支える鉄柱の強度不足によって突如ゲートが破損・崩壊。貯水が全て流出した。人的被害は無かったが、原因が特定されるまで運用は差し止められ、管理者である関西電力は1年後の1968年(昭和43年)12月に稼働を再開した。

日本のダム事件・訴訟
庄川流木事件(岐阜県-富山県・庄川・小牧ダム。1918年・大正6年~1933年・昭和8年)
浅野総一郎率いる庄川電力[18]が小牧ダムを建設することで、流木が不可能になることに反発した飛州木材が「慣行流木権」を求めて激しく争った事件。民事訴訟では流木権が認められたが行政訴訟で敗北、後に和解が成立し失業補償と代替道路(国道156号)が建設された。浅野のごう慢な態度が事件を長期化させた。日本におけるダム訴訟のはしりである。
宮田用水事件(岐阜県-愛知県・木曽川・大井ダム。1924年・大正13年~1939年・昭和14年)
福澤桃介率いる大同電力[19]が大井ダムを建設することで、濃尾平野の約17,000ヘクタールに及ぶ農地に用水を供給する宮田用水・木津用水の取水が困難になることに反発した農民が、江戸時代から続く慣行水利権を主張して争った事件。大同電力側も河川法で許可された発電用水利権を盾に15年間抵抗したが、1939年に電力側が今渡ダムを建設して用水の取水量を確保することで和解が成立した。

田子倉ダム補償事件(福島県・只見川・田子倉ダム。1953年・昭和28年)
電源開発が建設する田子倉ダムによって水没する田子倉地区[20]の住民が、福島県知事を通じ電源開発に高額の補償を要求。電源開発がこれに応じたことが報道で明るみに出た事件。建設省・通商産業省の反発で撤回されたが、これ以降全国各地のダム水没補償交渉に多大な影響を与えた。
蜂の巣城紛争(大分県-熊本県・筑後川-津江川・松原ダム-下筌ダム。1958年・昭和33年~1972年・昭和47年)
建設省の高圧的な態度に反発した室原知幸ら住民が、下筌ダム左岸に砦(蜂の巣城)を構えてダム建設に激しく抵抗した日本のダムの歴史上最大の反対闘争。基本的人権や財産権を盾に法廷闘争を繰り広げ、流血事件にまで発展した。公共事業と基本的人権保護の整合性を世に問い、水源地域対策特別措置法をはじめ以後のダム事業・公共事業に多大な影響を及ぼした。
二風谷ダム建設差し止め訴訟(北海道・沙流川・二風谷ダム。1993年・平成5年~1997年・平成9年)
アイヌ民族の聖地・沙流郡平取町二風谷が水没することに反発した萱野茂ら住民が、ダム建設の差し止めを訴えた訴訟。差し止めは却下されたがアイヌ民族の先住性がこの時認められた。これにより差別的法律といわれた北海道旧土人保護法が廃止され、アイヌ民族の長年にわたる悲願が達成された。

徳山ダム建設差し止め訴訟(岐阜県・揖斐川・徳山ダム。1998年・平成10年~2007年・平成19年)
日本最大級の多目的ダム・徳山ダムを巡り、水没地の徳山村住民ではなく下流である大垣市の市民団体が、ダムの建設中止を求めて事業者の水資源機構[21]と争った訴訟。一審・控訴審で原告は敗れ、最高裁に上告してダム建設は憲法違反と訴えたが、上告は棄却され敗訴が確定した。市民団体はダムが完成しても撤去を求め、争う構えを崩していない。

黒部川ダム排砂被害訴訟(富山県・黒部川・出し平ダム-宇奈月ダム。2002年・平成16年~)
堆砂の根本的改善策として1991年(平成3年)から開始された出し平ダムの排砂により富山湾の漁獲高が減少、2001年(平成15年)には宇奈月ダムとの連携排砂も開始された。富山湾の漁民の一部はこれに反発、民事調停や公害紛争調停も行われたが不調に終わり、2002年に事業者の関西電力を相手に訴訟を起こす。関西電力及びダムを管理する国土交通省北陸地方整備局は洪水時に限定した排砂を行い影響の抑制を図っているが、現在係争中。

発電用ダムデータ改ざん事件(全国各地。2006年・平成18年~2007年・平成19年)
中国電力の土用ダムで発覚したダムデータの改ざんは、国土交通省や経済産業省のその後の調査で全国各地の水力発電所においても行われていたことが判明。東京電力では八汐ダムの不正取水が明るみになり、2007年に河川法違反で塩原発電所運用停止という前代未聞の厳しい処分が下った。この問題はさらに原子力発電所のトラブル隠しにまで発展し、電力会社の信頼を失墜させる事態に陥った。
朝鮮日報/朝鮮日報JNSより
http://www.chosunonline.com/article/20020508000037
「死の行軍」で完成した金剛山ダム
金剛(クムガン)山ダムの建設は「西海閘門」以降、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)最大の建設工事だった。1986年に着工し、2段階の工事が2000年10月になってようやく終わった。着工してから翌年の1987年に事実上中断されたが、金日成(キム・イルソン)主席の死後、彼の“遺訓”だという名目で、1995年に再開された。
1995年は北朝鮮が経済的に最も厳しかった時期で、“苦難の行軍”が公式に始まった年でもある。このような時期に工事が始まったため、試練も大きかった。北朝鮮の中央通信は1999年、金正日(キム・ジョンイル)総書記の統治5年を評価しながら、5つの「驚くべき事変」に金剛山ダムの工事を含めている。
北朝鮮がこのダムを建設した目的を正確には分かりづらいが、当時工事に動員された軍人や関係者たちは「江原(カンウォン)道地域の電力不足を解決し」、「万一の時に軍事的に利用する」ためと証言している。
北朝鮮当局は1986年、金剛山ダムの建設計画を発表してから、韓国が“水攻”用だと疑惑を提起すると、これを反駁した。政務院(現在は内閣)は電力工業委員会白書を通じて、「金剛山一帯の豊富な水資源と有利な自然地理的条件を利用した水力発電所」と主張している。
労働新聞は「南朝鮮の傀儡たちは我々の平和的建設を不純な政治的目的に利用してはいけない」(1986年11月27日付け)という見出しの強度の非難記事でこれに対応した。
当時、咸興(ハムフン) 水理大学(現在の咸興水理動力大学)灌漑学科に通っていた李ジョンチョル(35)さんは、「私も初めは電気問題を解決するためにダムを建設しようとしているのに、韓国がこれを変に非難しているのだと思った」とし、「しかし、後になって『ソウル全体が浸水するかも知れない』という話しが広く伝わった」と話した。
北朝鮮の住民たちは金剛山ダムが軍事的目的で使われる可能性を当然と受け入れる雰囲気だったという。咸興水理大学で水力土木を専攻した金スンチョル(41)さんは1984年、黄海(ファンへ)南道・海州(ヘジュ)で卒業実習を行っていた時、教授から「水理工学研究所の実験結果、金剛山ダムが完成され、満水で崩壊すれば、漢江(ハンガン)の水位が4メートルにまで上がる可能性がある」という話を聞いたという。
当時、平壌(ピョンヤン)防御司令部の政治部中佐(中領)だったシム・シンボクさんは「金日成はこれが完成されれば、核爆弾よりも効果的と言っていた」とし、「軍事的目的がなかったら、住民たちが飢え死んでいる状況で、金正日がこの工事にそこまでして執着しなかったはず」と述べた。
金剛山ダムの建設は言葉通り“死の工事”だった。当時20歳だった95年、削岩技術者として工事に参加していた金チャンシク(仮名/27)さんは「地下の水路を掘る工事の途中、40人余りの小隊全員が死んだこともあった」とし、「飢えに苦しみながら、原始的な装備で作業を強いられていた」と話した。建設人力の不足で機動宣伝隊の女性隊員たちも参加したという。
作業が辛く、危険だったため、脱営兵も続出したという。工事に参加した金チャンシクさんは「3~4人だけを残して1小隊全員が逃走したこともあった。工事が終盤に近付くと、規定のコンクリート量の半分も使わずに水路を造ったこともあった」と話した。
当時、元山(ウォンサン)~温井(オンジョン)里区間の金剛山鉄道建設に参加したチャン・ミンソクさんは「工事を早期に終わらせる指揮官は出世した。不良工事を避けられない構造だった」と話した。金剛山ダムの不良工事は北朝鮮流の速度戦が招いた結果だったのだ。
金ミヨン記者

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ワセダに古今とチャンに会いに行った。その日はボイドタイム。結局古今とチャンがいつ会場に入ったのか、わからずじまい。(それに機動隊車両がすきまなく、私たちが目に入らないように講堂前の道路をふさぐんだものね)個人行動だったけれど、現場で知り合った人たちとおしゃべりに花を咲かせた。「こんな抗議にくるようになるとわねえ、、」「そうねえ」皆個人的怒りをもって抗議行動にきたようだ。支援団体なのか個人なのかわからないけれどもうそれは長い長い時間、声を出し続けていた、その男性に声大丈夫? 「はい、」と小さくうなずき「チベットに自由を!」と叫び続けている。メディアが報道記者が私たちの姿を追う。メディアは中国人留学生との小競り合いを期待していようで警察官が走ると報道も走る。各社の今回の記事は拍子抜けするほどお粗末だな。右翼? 政治団体? 拡声器もって怒鳴ってましたね。物騒なことも怒鳴っていてね、ちょっと、、。
大学にこれだけの機動隊やら、警察やら入ったのってどれくらいぶり? 大学当局って中国支援者ばかりなのかしら? それにしても一国の自国のトップがやってきたのに中国人留学生はずいぶん少なかったなあ。「カユ!カユ!」って叫んでいたけれど。

以下転載自由とかかれているので勝手に転載します。わたしに「はじめてですか? ボクもはじめてなんですよ」って声かけてくれた学生さんかしら、、、。澄んだ目をしていた学生だった、、。
そうそう、びらを落としたのを拾ってくれた警察官がいました。ありがとう。
早稲田現役学生の嘆き
胡錦濤がチンパンジーこと福田首相と早稲田大学職員によって招聘されて大隈講堂で講演をするとのことなので、早大生としては見過ごすことが出来ないと思い、抗議行動に参加してきました。
講演会場の中にでも入れれば面白かったんでしょうけど、入れた早大生は予め決められた40人(全員中国留学経験者で、身元の確かな者)だけ。それ以外は胡錦濤が連れてきた200人の青年団程度。
早大生はもちろん、早大教職員にすら告知がなされなかった本講演。
一体誰に講演をしているのか、と。
というわけで、帰宅したので報告をば。
11時に家を出て、12時過ぎに高田馬場に着く。
高田馬場駅にはチャンネル桜の人やチベットTシャツを着た人、警視庁警備局の人や公安なんかも何人かいて、いつもと少し雰囲気が違う。
早大正門行きのバスに乗り込みいざ鎌倉、じゃなかった会場へ。
早稲田周辺に差し掛かると、警察の数が尋常じゃない。
機動隊車両が8台、指揮車2台くらいはいたか。
(少しわくわくしました。すみません。)
早大正門前に着くと、厳戒態勢ではあったが、構内はまだ封鎖されておらず比較的平和な雰囲気を保っていた。
とりあえずチベット旗を持ってる集団の近くに行ってチベット旗を身につける。この時点ではシュプレヒコールはない。大学側が「静かにやってくれるなら」と許可を出していたから、それに従った形だろう。
しかし、すぐに大学当局から正門まで後退せよと言われ、移動を余儀なくされる。それでもギリギリまで抵抗して頑張っていたら正門は施錠されて大学構内に入れないようにされる。
学生のうちの一人が校歌である「都の西北」と応援歌である「紺碧の空」を歌いだして、皆で合唱する。早大生なのに歌詞覚えていないおれ涙目。
大学への非難は散発的にあれど、この時点でのフリーチベットのシュプレヒコールはまだ無かったと思う。うろ覚えだけど。
そしてこのすぐ後に、早稲田大学職員に「こいつらを排除しろ!」と指示が下る。この排除指示を行ったのは早稲田大学の関口八洲男総務課長。
チベット支持派の人たちもろとも排除されそうになる。立っているだけなのに。
正門横のバスロータリーにまで隔離されそうになるが、閉められた正門を乗り越えて敷地内に戻る。この辺りから大学当局への怒号とフリーチベットのシュプレヒコールが始まる。
そのまま30分くらいシュプレヒコールをあげていただろうか。
「正門は危ないから」という理由にもならない理由で、また早稲田大学職員が排除しにくる。フリーチベットインワセダの人も「正門から離れてください!処分されても知りませんからね!!」とまるで職員みたいなことを言う。主催者団体が率先してケツまくるなよ。
「早稲田、恥ずかしくないのか!!」と学生から怒号が飛び出した。
自分は、正門に断固として張り付いて1度目の排除行動を凌ぐ。後列にいた人たちは大隈銅像前のバリケードに封じ込められたようだ。
少しすると、大学側が一瞬折れて正門前での抗議行動を認めたので、やや安心。
だけれど、これも束の間だった。
大学職員が2度、3度と排除行動に出る。
法務部の佐藤氏には「正門から離れないと退学にするぞ」と脅されるわ、瀬賀?氏(名前違うかも)には事務所に連行されそうになるわ、恐ろしいことこの上ない。
そうこうしているうちに、校内放送で「正門にいる学生諸君、最後通告だ。正門から離れなさい!」といわれる。これも無視すると、また大学職員が排除行動に出た。名前は聞けなかったが、職員から「おい!次は暴力使ってでも排除するからな!痛い目見たくないならここから離れろ!!」と脅迫される。法治国家にある大学の職員とは思えない言動。
この時点で正門に張り付いている人間は自分を含めて、20人程度しかいなかったように思える。他の人たちはみんな後退させられた。
そのまま抗議活動を続けていると、職員と警官が不審な動きを見せたので後ろを振り返ってみた。
どう見ても機動隊です。本当にありがとうございました。
2個小隊か3個小隊(60~90人くらい)の警官がなだれ込んでくる。
殴られたり検挙されるのは嫌なので、警察の指示には従う。
これは他の人も同じだが、脅迫職員の予告どおり警官に殴られたり、張り倒されたりして転倒する人が何人か現れた。
これも関口総務課長の指示だろうかね。
警官と衝突しながら、結局、大隈銅像の前まで後退する。
その際、自分も早稲田大学の職員に顔を殴られた。本当に暴力が好きな大学のようで。
一体、ここは何大学なんだ?
荒廃・腐敗しているとはいえ、学の独立と在野の精神を謳う早稲田大学が、率先して暴力行動に出て良いものか。北京大学早稲田校とでも名前を変えた方が良い。
早大生として恥ずかしいことこの上ない。
周りにいた早大生に話を聞いてみると、「正直、チベットか何か知らんけど五月蝿そうな連中がいるから邪魔してやろうと思ってきたけど、大学と警察の異常な行動を見て、チベット側を応援しないとマズイ!って気持ちになった」という声が意外にも多かった。
良心のある早大生は、ちゃんと我らが母校の狂った行動に疑問を持っているようだ。
大隈銅像前では暫くシュプレヒコールをあげたものの、腰とのどを痛めた自分は一旦ここで離脱。胡錦濤がいつ来ていつ帰ったのかは結局分からなかったが、裏口からコソコソ会場に入って、また裏口からコソコソ会場を後にしたようだ。
さて離脱後、遅めの昼食を食べて正門側へ回る。
講演会はとっくに終わったと言うのに中国人留学生がまだいた。
あれ…聖火リレーの際には応援とか見物とか言えたかも知らんけど、今日は完全にデモじゃね…それ許可されてなくね…?
といった疑問はおいといて、とりあえず天安門コールをしてあげた。これを聞くと留学生は震え上がるそうだ。ともあれ、長野の敵を早稲田で討てたか。彼らは一面取り囲まれて本当に脅えていた。別にこちらが何をするわけでもないが、怖い思いするならバイトだからって来なきゃいいのに。
そこで暫くシュプレヒコールをあげていると、西村議員が演説を開始した。例によって警察批難。今日も日本人弾圧、中国人保護という図式で警備をしていたので怒られても仕方ない。ちゃんと本来の仕事をしないのが悪い。かわいそうだけど。
その後は、中国に洗脳されたとしか思えない自称日本人で早大OBが「フリーチベットなんてやめろ!中国はチベットで虐殺などしていない!恥を知れ!」と喧嘩を売りにきて逆に囲まれたり、現役生に「お前みたいなのがいるから早大が馬鹿にされるんだ!恥を知れ!!」とか言われたり、なんだりといった具合で解散した。
本日の感想としては、
・早稲田大学は本当に潰れた方がいい。少なくとも事務職員は同じ日本人とは思えない。
・長野での無力感が5・6代々木デモなどを通して、一つの流れを生み出した印象を受けた。時代の分水嶺に立ち会ったかのような感じ。
・この流れをどう持っていくかで、今後の日本は決まっていくんじゃないか。扱いを間違えたらまぁ、大変なことになりそうだが。
・4・26長野や5・6代々木、そして5・8早稲田を見て、何も感じない(何も心が動かされない)人はちょっとおかしい。どんな主義主張でも良いと思うから、この一連の事件について自分なりに感じたこと・考えたことを表に出していくことが肝要。
・メディアリテラシーはしっかりね!本当にしっかりね!!
・終盤の「フリージャパン!」のシュプレヒコールは色々と考えさせられるものがある。
以上。
そもそも今回の一連の流れはチベット虐殺から始まったものだということは勿論承知しているが、最早チベットがどうだという段階から離れていったように思える。TSNJもデモはもうやらないという話も聞くが、真実なら次の段階へと移ったことへの証左といえるかもしれない。
チベットでの弾圧への抗議から、中国共産党という分かりやすい敵を得、日本における自由を守る闘争へとコトの本質は変化したように思えてならない。少なくとも今日、自発的に千人近い人間が抗議を行ったことを鑑みれば、単純なチベットへの同情だけからの行動とは違うのだろう。皆、危機を感じて、個人での連帯を始めたのだ。
最早フリーチベットだけではない。フリージャパンを叫ぶときでもあるのではないだろうか。
長野聖火リレー、代々木デモ、そして今日という日を忘れてはならない
以上、5.8早稲田動乱に参加した早大生の駄文レポートでした。
無許可転載大歓迎ですので、お好きにコピペしてください。
推敲してません、すみません。
乱文あってもスルーしてくださると嬉しいです。
しかし、赤い人が書くような内容になったな…いかんいかんwww
——転載終了——

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スピルバーグは自分の意思でボイコット表明したのかしらん。イスラエルもプチホロコーストやっているではないか。
http://sankei.jp.msn.com/world/america/080501/amr0805011054007-n1.htm
米ユダヤ系有力者、北京五輪のボイコットを呼びかけ
2008.5.1 10:52
【ワシントン=山本秀也】全米ユダヤ人会議(AJC)のリチャード・ゴードン会長ら在米のユダヤ系有力者185人は4月30日、北京五輪のボイコットを世界のユダヤ人に呼びかける宣言を発表した。中国政府のチベット弾圧や、イラン、シリアなどとの緊密な関係を理由に「ユダヤ人はこうした政権のごまかしに手を貸すべきではない」と訴えており、中国には痛手となる。
「中国の五輪は戒律にそぐわない」と題した宣言は、「ホロコースト(ユダヤ人虐殺)記念日」にあたる同日を選び公表された。ユダヤ系組織「デービッド・ワイマン・ホロコースト研究所」(ワシントン)が取りまとめにあたった。
宣言は、ナチス体制下のドイツで開かれたベルリン五輪(1936年)が、「ユダヤ人への迫害から世界の目をそらす役割を果たした」と指摘。その上で、これと同様に、中国が五輪を利用して「内外での人権抑圧への注意をそらそうとしている」と非難した。
具体的には、中国政府に関して、(1)ダルフール地方での住民虐殺問題を抱えるスーダン政府を支援(2)チベットでの抑圧(3)自国民の権利侵害(4)イラン、シリアへのミサイル供給(5)パレスチナのイスラム原理主義組織「ハマス」との友好関係-を挙げ、「世界のユダヤ人に北京五輪への参加中止を求める」と訴えた。
全米ユダヤ人会議は、ローゼンブラット副会長らが4月28日に中国の周文重駐米大使と会談し、チベット、ダルフール問題などへの懸念を伝えていた。また、ワシントンのホロコースト記念博物館では、ベルリン五輪に関する特別展が4月下旬に始まるなど、在米ユダヤ人社会では、北京五輪に批判的な空気が強まっていた。
ABCニュース
Jewish Leaders Call for Boycott, Citing China’s Record on Rights, Hamas ‘Friendship’
http://abcnews.go.com/Sports/story?id=4755780&page=1
付録「ロシア革命」と
ユダヤ人の関係について
http://inri.client.jp/hexagon/floorAXF/axf1410.html#05
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-31608020080501
韓国が中国人への査証発給厳格化へ、聖火リレーでの暴力行為受け
2008年 05月 1日 14:51 JST
[ソウル 30日 ロイター] 4月27日に当地で行われた北京五輪の聖火リレーで一部の中国人が暴力行為を行ったことを受け、韓国当局は30日、中国人留学生などに対する査証の発行規定を厳しくする姿勢を示した。
聖火リレーでは、6000人以上の中国人学生が集結。北京での五輪開催を批判する抗議グループに対して中国人学生らが投石。警官の列に突入し、チベット支持者らを殴打、年配の男性をけるなどしたことから、怒りの声が上がっている。
聯合ニュースによると、外交通商省のスポークスマンは記者会見で、学生を含む中国人に対する入国査証について、発行をより厳格にすることを検討すると述べた。
一方、中国外務省のスポークスマンは29日、北京で記者会見し、学生らは聖火を歓迎しようとソウルに集まったのであり、悪意はなかったとコメントしていた。

韓国でのホテル内での中国人留学生の振る舞い。彼らのエネルギーが中国政府に向かうことを願うよ。
http://www.youtube.com/watch?v=3wT4scEwMIc
全然関係ないがソフィアローレンさん、来日してましたなあ。魔女みたいだったけれどその当時はそれはそれは色っぽい。
Theme from Sunflower (Henry Mancini)
http://www.youtube.com/watch?v=16XHfWQ0z9U&feature=related
北京オリッコまで100日で、思い出したよ。
55days at Peking 北京の55日。
http://www.youtube.com/watch?v=xvFf5tn1j1o
「チベット人」そんなのモウマンタイ。彼らは下層民だから。何千人もの僧侶、にてくおうがやいてくおうが、そんなの関係ナイアル、で済まされるか!!
あ、まとまりなくてすみません!

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