フランス外相は北京開幕式ボイコットを撤回。へたれフランス。
カネに目がくらんでいまいち突っ込めない先進諸国。
日本じゃチベット弾圧に関し、仏教徒達は静かなものだ。
武器のないラサに最新鋭装甲車、戦車を偽装して投入。逃げ惑うチベタンに正確に軍が狙い打ち。特殊部隊でも投入したのか。
ペロシ米下院議長が中国批判
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200803210015.htmlより
ペロシ米下院議長がダライ・ラマと会談、中国を非難
「インド・ダラムサラで21日、ダライ・ラマ14世と会談するペロシ米下院議長(右)。中国を非難インド・ダラムサラ(CNN) 中国チベット自治区で起きた大規模暴動で、米連邦議会下院のペロシ議長(民主党)は21日、ダラムサラでチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世と会談、チベット僧らによる中国統治への抗議行動を鎮圧した中国政府の対応を非難した。
米政府の見解ではなく、個人的な意見として表明したが、今回の騒乱を強硬策で乗り切る構えを見せる中国政府が反発するのは必至だ。チベット暴動後、議長はダライ・ラマと会談する初の米政府高官となっている。
同議長は会談で、チベットにおける中国政府の圧制への反対意見を述べることが出来ないなら、人権抑圧への反対意見も表明出来ないことになると語った。
ペロシ議長はまた、チベット住民への支持も示し、自治区で何が起きているのかに光をあて国際社会は真実を知るべきだとも述べた。
議長は14世らチベット亡命政府の指導部と会談するため21日にダラムサラに入った。」
ABC NEWS ビデオニュース
http://abcnews.go.com/Video/playerIndex?id=4487214
http://abcnews.go.com/Video/playerIndex?id=4495528
ドイツを見習え、日本政府福田さん!
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080321/erp0803212103003-n1.htm
ドイツ、対中援助交渉中止を警告
2008.3.21 21:06
「【ベルリン=黒沢潤】チベット自治区で弾圧を続ける中国に対しドイツが地球温暖化対策の援助交渉中止を警告している。両国関係は昨秋、メルケル独首相とダライ・ラマ14世が会談したことで悪化した後、1月に正常化したばかり。
ウィチョレクツォイル独経済協力開発相は19日、チベット問題に関し「暴力での解決はあり得ない。こうした状況下で(温暖化対策の)政府間交渉は考えられない」と言明した。ドイツは昨年、二酸化炭素(CO2)排出量で世界2位の中国に対し、再生可能エネルギー事業用などとして、約6750万ユーロ(約10億円)の支援を約束した。中国政府の強硬姿勢が変わらなければ、援助が撤回される事態もあり得る。
独中関係をめぐっては昨年9月、メルケル首相が独首相としては初めて、ダライ・ラマ14世をベルリンの首相府に招き入れたため、中国が反発。シュタインマイヤー独外相が書簡による関係修復交渉を続け、1月下旬に関係正常化を確認した。
ただ、独裁政権下の旧東独育ちで、人権問題に厳しいメルケル首相は「中国は(両国の立場の)違いに寛容であるべきだ」と強調、今回の騒乱についても、ダライ・ラマ14世との「直接対話」の必要性を中国側に強く呼び掛けている。」
中国によるチベット人殺人リスト。 デモ、抗議活動を行ったものはことごとく、銃殺、投獄、拷問を受ける。
http://www.lung-ta.org/list/deathcase/death.htmlより
1987
1 ロプサン・レグデン (21) : メド・タクチュ出身、セラ寺の僧侶。1987年10月1日、43人のセラ寺の僧侶とともに、デモに参加。バルコルの警察署に連行される。警察署のまわりに集まったチベット人たちは、僧侶たちの釈放を求めるデモを行い、独立要求のスローガンを叫び始めた。警察署の中では、僧侶たちがダライラマ法王への祈祷を始め、独立要求のスローガンを叫ぶ。警察は僧侶たちに発砲。ロプサン・レグデンは右頭部を撃たれて即死。家族は遺体を引き取るために600元(約9000円)を払わせられた。
2 カルセル (20) : メド・ロブサン出身、ネチュン寺の僧侶。1987年10月1日、セラ寺の僧侶たちとデモに参加。バルコルで中国人の警察に撃たれて即死。
3 プチュン (20) : シガツェ・ニモ出身、ジョカン寺の僧侶。1987年10月1日、セラ寺の僧侶たちとデモに参加。午後四時、バルコルで中国人の警察に撃たれる。ラサの市民病院に運ばれたが、同日死亡。
4 ゲシェ・ロプサン・ワンチュク (73) : アムド・ショチュン出身、サンドゥ・ダカール寺僧侶、仏教、歴史学者。1959年の「ラサ蜂起」の後、アムド地方の重要な宗教指導者の一人と見なされ、逮捕。1960年1月21日、10年の刑を言い渡される。度重なる「タムジン(糾弾)」により身体は衰弱しきった。10年の刑期を終えた後、さらに10年を「労働キャンプ」で過ごす。1981年12月3日密かに『チベット独立史』と題された本を書き、再び逮捕。3年半の刑期を受ける。この本は後に秘密裏に出版され、チベット人の間に広まった。獄中にても再び『チベットの独立を証する十六の要点』と題する冊子を作り、死刑を宣告される。だが、ダライ・ラマ法王をはじめとする多くの国際機関の介入により、18年の刑とされた。長期間手枷、足枷をはめられていたため、手足が麻痺し、また拷問のため視力も失う。1987年11月7日、ダプチ刑務所にて死亡。
5 ゴンポ・ソナム (61) : シガツェ、ギャンツェ・ラプラン出身、チベット語及び文学者。1959年の「ラサ蜂起」の際、時中国軍と戦う。60年逮捕、2年の懲役。文化大革命中の66年再び逮捕され、16年を刑務所と労働キャンプで過ごす。83年9月30日、三度目の逮捕。ダプチ刑務所に入る。度重なる拷問のため、癲癇発作がひどくなる。85年、病状悪化のため、釈放。87年12月23日死亡。
1988
6 ジャンパ・テンジン (49) : ジョカン寺僧侶。1987年10月1日、セラ寺の僧侶たちがデモを行う。警察署に連行されたセラの僧侶たちを救おうと、市民はその警察所に火を放った。ジャンパ・テンジンは僧侶を逃がすために 燃え盛る焔の中に走り込み、大やけどを負う。その時の写真とエピソードは、その後チベット内外に広く伝えられた。同日に逮捕。しかし翌年の1月22日、故パンチェン・ラマの介入により釈放。2月21日の深夜、数人の警官が彼の家に来て、激しい言い合いがあったと言う。3月の初め、御堂の中で、首に縄を捲いた姿で死亡。死因の真相は未だ不明。
7 シェラップ・テンジン (30) : ラサ出身、トラックの運転手。1988年3月5日、ラサでの大規模な独立要求デモに参加。警官に頭部を撃たれ即死。
8 ゴンポ・ペルジョル (30) : カム出身。1988年3月5日、デモに参加。警官に頭部を撃たれ即死。なおこの日のデモには6千人のチベット人が参加。警官隊の発砲により5人が死亡、300人以上が負傷した。
9 ロプサン・ソナム(29)ラサ・ジョブンカン出身、シンハ印刷所社員。1988年3月5日、デモに参加。警官に背後から撃たれ、胃の右側を貫通。ラサ人民病院に運ばれたが、デモに参加したという理由で手当てを拒否される。4月5日死亡。
10 ラクパ・ドンドゥップ(29) ラサ・ツェモンリン出身。1988年3月5日のデモに参加、グツァ刑務所に拘留される。5月5日、拷問により死亡。
11 ロプサン・ドルマ(26) ネェタン出身、シュンセップ尼寺の尼僧。1988年5月17日、グツァ刑務所に拘留。同年7月17日に釈放。二週間後にインドへ亡命を試みるが、拘留中に受けた拷問による傷のため、途中ヒマラヤ山中で死亡。
12 ガワン・クンガ(27) [...]