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2007年8月28日のアーカイブ

貸し金業界を保護し、統一教会に祝電おくってるんですね、このかた、。埼玉県上田知事さんも祝電おくっていたとはね。
http://www.asahi.com/national/update/0828/TKY200708280434.html?ref=rss
より
西川公也議員、事務所費252万円分を訂正
2007年08月28日20時33分
 自民党の西川公也衆院議員=比例北関東ブロック=が代表を務める二つの政治団体が、西川氏が所有する建物に入居しながら家賃を支払っていなかったことが分かった。西川氏側は03~05年分の両団体の政治資金収支報告書について、西川氏が家賃相当分として計252万円を両団体に寄付したとする訂正を栃木県選管に届け出た。
 報告書を訂正したのは自民党栃木県第2選挙区支部と西川公也後援会。いずれも同県さくら市の西川氏の自宅敷地内にある建物に事務所を置いている。西川氏の事務所は「寄付行為にあたるとの認識がなかった」と話しており、党から指摘を受けて訂正したという。
wikiより
西川公也
衆議院議員 西川 公也 生年月日 1942年12月26日
出生地 栃木県塩谷郡氏家町(現・さくら市)
出身校 東京農工大学大学院 修了
学位 農学修士
前職 栃木県議会議長(5回当選)
所属委員会
内閣役職 衆: 法務委員会 与党筆頭理事
(元)経済産業政務官
(元)内閣府政務官
(元)郵政民営化担当副大臣
世襲 世襲ではない
選出選挙区 比例・北関東ブロック
当選回数 4回
所属党派 自由民主党 (伊吹派)
党役職 農林水産物貿易調査会事務局長
会館部屋番号 衆・第二議員会館430号室
西川 公也(にしかわ こうや、1942年12月26日 – )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(当選4回)。伊吹派所属。
栃木県塩谷郡氏家町(現・さくら市)出身。東京農工大学大学院修了後、栃木県庁職員を経て1979年に県議となり以後、5期連続当選。1993年に県議会議長。1996年、第41回衆議院議員総選挙で栃木2区より出馬し初当選、2000年の総選挙でも再選する。
2001年、内閣府大臣政務官に就任の後、2002年に経済産業政務官、2003年に内閣府大臣政務官再任。同年の総選挙では、年齢規定のため小選挙区出馬となった森山眞弓に選挙区を譲り、北関東ブロック比例区より出馬。3選を果たす。2004年、内閣府郵政民営化担当副大臣に任命される。
党内で貸金業界に近い議員を中心に構成される金融サービス制度を検討する会(甘利明代表)の事務局長を務め、郵政民営化関連法案が国会で審議されていた2005年、貸金業の業界紙「月刊消費者信用」4月号で民営化後の郵貯銀行の資金を貸金業界に流すべきだとの持論を展開するが、グレーゾーン金利撤廃問題に絡んで批判が強まっている。

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今日は皆既月食。私のチャートでも重要ポイントにフォーリンする月蝕です、、。
女性閣僚の動きが気になるので、例のごとくwikiでチェックしとこ。上川陽子氏魚座生まれです。魚座は政治家にならないほうがよいのです。あんまり良いことないと思われる。
上川陽子氏(少子化担当相 )
上川陽子
上川 陽子(かみかわ ようこ、1953年3月1日 – )は、日本の政治家。2006年現在、自由民主党所属の衆議院議員。静岡雙葉中学校・高等学校を経て、東京大学卒業。
日韓議員連盟、北京オリンピックを支援する議員の会所属。
2000年の総選挙では、激戦区の静岡1区より、無所属で出馬し、初当選。
2003年の総選挙では、自民党から出馬するも、選挙区では民主党の牧野聖修に敗れ、比例復活当選。
2005年の総選挙では、再び選挙区での当選を果たし、現在3期目。
自民党女性局長、総務大臣政務官を歴任。2007年8月27日、安倍内閣改造内閣に内閣府特命担当大臣(男女共同参画・少子化担当)として初入閣。
年譜
1977年3月 東京大学教養学部教養学科卒業(国際関係論専攻)
1977年4月 株式会社三菱総合研究所研究員( – 1988年6月)
1988年6月 米国ハーバード大学大学院J.F.ケネディスクール政治行政学修士卒業
ボーカス米国連邦議会上院議員政策立案スタッフとして活動。
1988年12月 株式会社グローバリンク総合研究所代表取締役
2000年6月 衆議院議員に当選、以降当選3回
2004年10月 自由民主党 女性局長
2005年11月 総務大臣政務官
2007年8月 安倍内閣改造内閣において内閣府特命担当大臣(男女共同参画・少子化担当)として入閣。
政治的立場
消費者金融(サラ金)業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)から資金提供を受けている。
静岡空港の建設推進派国会議員の1人である。

オフィシャルホームページ:http://www.kamikawayoko.net/
大田弘子(経済財政相)
大田弘子(おおた ひろこ、1954年2月2日 – )は、鹿児島県鹿児島市平之町出身の経済学者。内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)。専門は、財政学、経済政策。
女性初、民間出身者としては2人目の内閣府政策統括官。2006年9月26日には安倍内閣の内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)に就任した。実際の政策立案も行う。大阪大学教授の本間正明とも仕事上親しく、本間に引き上げられて学者の道に入った。酒豪としても知られる。バランス感覚にも優れており、政治家からの評判も良い。政策は竹中平蔵のものをほぼ踏襲。2007年8月27日、安倍内閣改造内閣に内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)として留任。
経歴
1954年2月2日生まれ
1976年 一橋大学社会学部卒業
1976年 株式会社ミキモト勤務
1981年 財団法人 生命保険文化センター研究員(-93年)
1993年 大阪大学経済学部客員助教授
1996年 埼玉大学大学院政策科学研究科助教授
1997年 政策研究大学院大学大学院政策研究科助教授
2001年 政策研究大学院大学大学院政策研究科教授
2002年 内閣府政策統括官(経済財政-景気判断・政策分析担当)付参事官
2003年 内閣府大臣官房審議官(経済財政-景気判断・政策分析担当)
2004年 内閣府政策統括官(経済財政-景気判断・政策分析担当)
2005年 政策研究大学院大学教授、内閣府政策参与(非常勤)、郵政民営化委員会委員
2006年 内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)
2007年 内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)留任
『リスクの経済学』 東洋経済新報社、1995
『日本的雇用と国民生活』(共著)東洋経済新報社、1998
『民からの改革』(共編著)清文社、1998
『「官」から「民」へのパワーシフト』(共編著)TBSブリタニカ、1998
『市場重視の教育改革』(共著)日本経済新聞社、1999
『良い増税 悪い増税』 東洋経済新報社、2002
『経済財政諮問会議の戦い』 東洋経済新報社、2006
論文
「税制改革の基本的考え方」連合総研報告書『財政改革の論点』、1998
「住宅関連税制のあり方」宅金融普及協会『住宅問題研究』Vol.15、1999
文部科学副大臣再任
池坊 保子(、昭和17年(1942年)4月18日 ‐ )は、日本の政治家、華道家。衆議院議員(4期)。
日朝友好議員連盟所属。
衆議院議員 池坊 保子 生年月日 昭和17年(1942年)4月18日
出生地 東京都
出身校 学習院大学(中退)
学位 華道家
前職 学校法人代表
所属委員会
内閣役職 文部科学副大臣
世襲 無
祖父・梅渓通魯(貴族院議員)
父・梅渓通寅(貴族院議員)
選出選挙区 比例近畿ブロック
当選回数 4回
所属党派 公明党
党役職 女性副委員長
会館部屋番号 衆・第2議員会館340号室
東京都出身。
学習院女子高等科を経て1961年学習院大学文学部国文学科中退。1963年池坊の家元・池坊専永と結婚する。夫・専永との間に長女・由紀(現・次期家元、華道家元池坊副理事、池坊中央研修学院長)、次女・美佳(現・池坊青年部代表)をもうけた。結婚後は若くして家元の夫人となり、世界に生け花の名を広めた。その後は池坊学園理事長、学園長として夫・専永を支えた。
選挙には娘・由紀の夫が出馬したことから、当時の新進党から比例区(名簿1位)からの出馬要請があり1996年衆院選で初当選。党解党後は自ら新党平和及び公明党へいくことを決意。公明党で唯一、創価学会員以外の衆議院議員となった(参議院議員では草川昭三党副代表が非創価学会員である)。
長女・由紀は1991年に元大蔵官僚と、次女・美佳は2000年にNHKの記者と結婚した。 主に教育分野で活躍しており、文部科学大臣政務官や衆議院文部科学委員長なども務めた。
現在、党女性委員会副委員長、党京都府本部顧問。
厚生労働副大臣
西川京子
西川 京子(にしかわ きょうこ、1945年10月2日 – )は、政治家。自由民主党所属の衆議院議員(現在3期)。厚生労働大臣政務官。都立武蔵高校~早稲田大学教育学部卒。志帥会所属。夫は熊本県葦北郡津奈木町長の西川裕。 2000年の第42回衆議院議員総選挙に自民党より比例九州ブロックから出馬し初当選。2003年再選。
2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙では郵政民営化法案に反対票を投じた自見庄三郎元郵政大臣の対立候補として自民党公認で福岡10区から出馬し当選を果たす。この選挙では落下傘候補だったため、自民党福岡県連の中村幹事長から「ミカン箱に乗って1人で頑張って」と突き放された。西川はこれを逆手にとって地元・津奈木町の支持者から寄贈されたミカン箱の上から街頭演説をするというパフォーマンスを続けマスコミの注目を集めた。比例では上位に優遇されたものの、当初は比例当選に必要な法定得票の獲得も困難とも思われたが、このミカン箱演説により勢いがつき、まさかの選挙区当選となった。当選時の万歳もミカン箱に乗って行うという徹底ぶりであった。ちなみに、西川の選挙事務所でバンザイ三唱の音頭を取ったのは、なんと「ミカン箱に乗って1人で頑張って」と付き放した中村福岡県連幹事長であった。
ジャンジャン過去記事http://www.janjan.jp/election/0508/0508140949/1.php
2006年自由民主党総裁選挙では同じ福岡選出の麻生太郎を支援
プライドは無いのか、西川京子さん 2005/08/16
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すっかり自民「郵政民営化」vs「民営化反対派」の選挙となってしまった今回の衆議院議員選挙。
わざわざ近畿ブロックから、小林興起さんの地盤である東京10区に、小池百合子環境大臣を、共倒れの危険性も顧みずに「刺客」として送り込むなどの小泉首相の陰湿ぶりに、折角盛り返した支持率もどうなるのか、と思わざるを得ません。
さて、旧日本新党からの流転を経て、「仇敵」であるはずの自民党に転じた「政界風見鶏」の小池大臣については、かつて旧日本新党の同志だった同じ東京10区の民主党候補・鮫島宗明さんでなくても、呆れるしかありませんが、呆れる前に怒りを思えるのが、同じく「刺客」候補であり、自見庄三郎元郵政相の対立候補として福岡10区から出馬する事になった、西川京子さんでございます。
というのも、九州ブロック比例の西川さん、かつては郵政民営化賛成派の橘康太郎さん(北陸信越ブロック比例)に、「比例で当選した女の子が何を言ってるんだ!」と罵倒された程の反対派でございました。(参照;読売新聞「エンタメ」;鈴木美潮のdonna=4月26日付)
それが見事、先の衆議院での民営化法案採決の場で、「裏切り」に追い込まれただけなら、私も文句はいいませんが、「刺客」として小泉首相に服従するようになるとは、同じ亀井派で、「裏切り」に追い込まれ、かつ、その事により自殺に追い込まれた永岡洋治さんに対して、あまりにも申し訳が立たないのではないか、と怒りを覚えざるをえません。
いずれにせよ、永岡さんを度重なる恫喝で「裏切り」に追い込み、「自殺」に追い込んだ事といい、共倒れの危険性も顧みずに「刺客」を送り込む事といい、却って「郵政民営化法案」そのものをいかがわしく見せるには充分であります。
そして西川さんへ、だんなさんが熊本県葦北郡津奈木町長って事以外に「売り」が無い、という立場は分かりますが、かつての信念を曲げてまで「衆議院議員」の椅子に留まるのが正しい事なのか、同じ亀井派だった永岡さんが、今の貴方を見てどう思うのか、と問いかけざるを得ません。
(森下泰典)
憲法調査会憲法改正プロジェクトチーム第9回会合
平成16年3月11日(木)
http://www.jimin.jp/jimin/kenpou/detail09.html

西川京子衆議院議員の発言
現行憲法は、日本人の魂を否定するための憲法であったわけで、憲法を読んでいて1番感じることは、生きた憲法でない、無味乾燥、バーチャル憲法だと。そこに生きた人類の歴史なり、生きた人間の生活が本当に感じられない憲法。欧米の憲法は、「この憲法を神の御名のもとに発布する」と書いてあったり、あるいは戦後あちこちで独立したアジアの国たちは、少なくとも「民族の歴史と伝統の御名のもとにこの憲法を発布する」と書いてある。憲法とは何かと言えば、やはり愛国心の1番の発露なのではないか。長い歴史のなかでこの国がいまある、この国を未来の私たちの子孫のために受け継がせていくためには、この国のみんなが心を合わせて、法律としてつくっておこう。その気持ちの表れが憲法であるわけで、国に対する愛というもの、思いというものがない憲法が憲法として成り立つのか。現行憲法の中の、あの無味乾燥なバーチャル的な実験憲法といった偽善性を感じる。そういう国民の思いをぜひ入れて頂きたい。そしてその根底にあるのは何かと言えば、家族への愛だ。1人で人間が個人の権利だけを主張して生きられるはずがない。そういう国がもしあるとすればバラバラになる、崩れてゆくだけだろう。人間の支えとなるもの、根底は家族に尽きるのではないか、その家族観をぜひ憲法に書いて頂きたい。民主党と自民党と一体どこが違うんだと言われれば、ひと言で言える。全くの1個人を大事にするか、家族の一員としての個人を大事にするかの差だ。生きた人間、血の通った人間、愛がある人間を1番大事にする、日本という国が成り立った伝統と文化のなかで培ってきた、先祖からまた子孫につなげていくそれを大事にする自民党だ。」

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http://www.asahi.com/national/update/0828/TKY200708280254.html?ref=rss
額賀事務所、未登記10年 「業者任せ、把握せず」
2007年08月28日15時59分
内閣改造で入閣した額賀財務相(茨城2区)が代表を務める「自民党茨城県第2選挙区支部」の茨城県行方市の事務所の建物が、10年前に建築されて以来、不動産登記されていないことが28日、朝日新聞の調べでわかった。同支部は「早急に登記したい」としている。
同支部の05年の政治資金収支報告書や事務所によると、同支部は97年11月に茨城県行方市内の別の場所から、同市麻生に移転。借地に2145万円で158平方メートルの木造2階建て事務所を新築し、額賀氏の地元の中心的な事務所として数人のスタッフが常駐している。同支部の収支報告書にはこの建物が資産として記載されている。建物については登記手続きをしていなかったが、固定資産税は年間6万3500円を支払っているという。
不動産登記法は、土地に定着している建物を新築した場合は1カ月以内に登記申請するよう所有者に義務づけている。水戸地方法務局鹿嶋支局は「登記が必要な建物かどうかは調査しないと分からない」としている。
登記をしていなかった理由について同支部の責任者は「(建設)業者まかせだったので、未登記は把握していなかった。登記となると地主の了解も必要なので、そのままにしていたようだ。早急に地主と交渉して登記したい」と話す。
また同支部は事務所費として03年に1653万円、04年に1098万円、05年には1173万円を計上。家賃のかからない事務所に1000万円を超える事務所費を計上していることについて、責任者は「ほかに2カ所ある事務所の家賃なども合算している」と説明している。
wiki
額賀 福志郎(ぬかが ふくしろう、1944年1月11日 – )は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員。防衛庁長官、経済企画庁長官、経済財政政策担当大臣、自民党政務調査会長を歴任。現在は財務大臣。北京オリンピックを支援する議員の会副会長。日韓議員連盟副会長。
「福」の字は、偏を「示」(縦棒は撥ねない)と書くのが正式とされる。
経歴
生い立ち
昭和19年(1944年)1月11日茨城県行方郡小高村(後の麻生町、現在の行方市)に生まれる。父橋本万寿夫は、地元の森林組合長や村議会議員、町議会議員を務める。また、橋本登美三郎の後援会・西湖会の幹部でもあった。
地元の小中学校を卒業し、東京都杉並区の佼成学園高等学校に進学する。同高校に進んだのは立正佼成会の信者であった母親の希望であったと言われる。高校卒業後、早稲田大学政経学部に進み、早稲田大学雄弁会に所属する。昭和43年(1968年)早大を卒業し、産業経済新聞社(産経新聞)に入社する。産経新聞では、記者として静岡支社、本社経済部、政治部に所属し、政治部では三木武夫番、田中派番を担当する。
政界入りへ
昭和53年(1978年)2月1日付けで産経新聞を退職し、同年12月茨城県議会議員選挙に行方郡選挙区から立候補し、当選する。選挙に先立ち地元の有力代議士であった橋本登美三郎に会い支援を得た。当選後は、橋本の系列県議として活躍する。昭和55年(1980年)の第36回衆議院議員総選挙で落選した橋本登美三郎の後継者となり、昭和58年(1983年)第37回衆議院議員総選挙に旧茨城1区から立候補する。自民党公認は得られなかったが、茨城県連推薦を得て、4位で当選する。以後、当選8回。自民党では、田中派―竹下派―小渕派―橋本派に所属、通産政務次官や衆議院商工委員会筆頭理事、自民党商工部会長代理などを務め、商工族議員としてキャリアを重ねる。
派閥の中心人物へ
平成9年(1997年)第2次橋本内閣改造内閣の官房副長官に就任する。平成10年(1998年)小渕内閣の防衛庁長官に就任するが、防衛庁調達実施本部背任事件を理由として当時与党が過半数割れであった参議院で問責決議案が可決され11月に辞任を余儀なくされる。
平成12年(2000年)第2次森改造内閣で経済企画庁長官に就任し、平成13年(2001年)1月の中央省庁再編で経済財政政策担当大臣となる。経世会、平成研究会では、橋本龍太郎、小渕恵三の次を担うとして、鈴木宗男、藤井孝男とともに名が上がり、派閥の「プリンス」と言われて将来を嘱望される立場になった。しかし、KSD事件に絡み、KSDから1500万円の献金を受けていたため、責任を取り経済財政政策担当大臣を辞任した。二回にわたって引責辞任しただけでも異例だが、後に復活したところは非凡ともいえる。
平成15年(2003年)自民党政調会長に就任。平成17年(2005年)第3次小泉改造内閣において再び防衛庁長官を務める。鈴木・藤井が自民党離党に至ったこともあり、津島派唯一の総理総裁候補として麻垣康三に次ぐポジションにあるといわれたが、久間章生ら幹部の反対にあい、今回の立候補は見送ることになった。KSD事件で低下した人気や信頼を回復しきれず、次代のリーダー候補である石破茂の台頭を許したこと、彼を「将来の総裁候補」に押し上げた竹下登の死去などが、額賀の相対的な地位低下を招いていると見られる。また、出馬辞退の際のドタバタ劇で政局観のなさを露呈した。
過去2回の防衛庁長官在任中、どちらとも北朝鮮のミサイル発射に遭遇している(1998年・2006年)。
平成18年(2006年)9月26日に発足した安倍内閣では入閣を逃したが、9月28日に津島派の会長代理に就任した。
平成19年(2007年)8月27日に発足した安倍改造内閣で財務大臣に就任した。
政歴
1978年茨城県議会議員選挙(行方郡選挙区)、初当選。
1983年12月8日 第37回衆議院議員総選挙(無所属、茨城1区)、初当選。75,799票
1986年7月6日 第38回衆議院議員総選挙(自由民主党公認、茨城1区)、2期目当選。111,933票
1990年2月18日 第39回衆議院議員総選挙(自由民主党公認、茨城1区)、3期目当選。106,885票
1993年7月18日 第40回衆議院議員総選挙(自由民主党公認、茨城1区)、4期目当選。111,912票
1996年10月20日 第41回衆議院議員総選挙(自由民主党公認、茨城2区)、5期目当選。109,139票
2000年6月25日 第42回衆議院議員総選挙(自由民主党公認、茨城2区)、6期目当選。135,296票
2003年11月9日 第43回衆議院議員総選挙(自由民主党公認、茨城2区)、7期目当選。127,364票
2005年9月11日 第44回衆議院議員総選挙(自由民主党公認、茨城2区)、8期目当選。138,728票
主張・人物
2006年7月5日の未明に発生した北朝鮮によるミサイル発射事件の発生を受けて、敵基地攻撃能力の保有を検討すべきと述べた。
2007年5月「巡航ミサイル・トマホークのような精密誘導兵器の保有が必要か議論し、合理的な結論を出さければならない」「多数の弾道ミサイルで何度も攻撃を受ける場合、BMDだけに依存した防衛が完璧かどうかは検討しなければならない」と述べ、米国の打撃力を補完し、敵からのミサイル攻撃を積極的に防御する能力としてトマホークをあげた。
なお、消費者金融(サラ金)業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)からパーティー券購入などにより資金提供を受けている。
著書
『大都市再生の戦略―政・産・官・学の共同声明』 ISBN 4657005227
『地方都市再生の戦略―政・産・官・学の共同声明

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うちの近所の建築中の建物が建築確認機関が「日本ERI」となっていた。日本ERIは耐震偽装をしっていたのにもかかわらず、黙殺し無事生き延びている。一方あたりまえのことをした藤田東吾氏はイーホームズという会社も失い地位も名誉も剥奪されたままだ。「告発」することは「罪」で「よくないこと」なのか? どうしてみな告発者に冷たいのだろうか。「告発者」は異質分子で、人とちがうことをやるやから、なので、簡単に「村八分」にするのか。和をみだしたものだから
醜い仕打ちをするんだろうか。
そのうち幅が10センチしかないような道をわき目も振らずおそるおそる歩くことしかできないような構造計算家しかいなくなってしまうのじゃないか。
ダブルチェックして書面上を正しくしたとしても、積水ハウスの建設業法違反のようなことはざらにあるだろう。
「再発防止につとめる」なんて何度きいたことか。
ああ、いいたいことはたくさんあるのですが、まとまらず。
悪貨が良貨を駆逐する世界からいいかげん転換してほしいものです。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070828i306.htm
構造計算書の「二重チェック」で建築確認申請が激減
耐震強度偽装事件の反省から導入された構造計算書の「二重チェック」がスタートして2か月余。ところが、対象となる建築確認の申請そのものが激減し、中には7月末までゼロの自治体もある。
審査の厳格化で、計算にミスがあると再申請が必要となり、建築主らが申請に慎重になっているためとみられる。検査機関の収入も大幅に予想を下回るなど、各方面に影響が広がっている。
二重チェックは、6月20日の改正建築基準法の施行に伴い導入された。高さ20メートル超の鉄筋コンクリート造などが対象で、自治体や民間の検査機関が建築確認を行う際、1級建築士らから選んだ判定員が構造計算書を再計算して偽装の有無を確認するものだ。
民間の確認検査機関大手の日本ERI(東京都港区)では改正法施行後、チェックの対象となる該当物件の確認申請はわずか20件(今月1日現在)。施行前は、毎月1000件前後だったため、一気に50分の1ほどに減ったことになる。このため同社は7月末、7~8月の手数料収入などの予想を約4億5000万円下方修正した。同社は「建築需要は減少していない。そろそろ売り上げも回復できると思うが、新制度の影響は予想以上だ」(広報担当者)と驚きを隠さない。
建築確認窓口の自治体も事情は同じで、神奈川、埼玉県では対象物件の申請件数は、いずれも7月末までゼロとなっている。
一方、構造計算書の再計算を行う判定機関の一つ、財団法人日本建築センター(千代田区)。常勤14人、非常勤240人の判定員を抱える同センターでは、毎月500件程度(全国の約1割)の判定を見込んでいたが、受け付けは今月10日現在、新潟4件、栃木2件、東京、埼玉、岩手各1件の計9件だけ。同センター構造判定部では「出足の鈍さに戸惑っている」と打ち明ける。
構造計算を行う建築士が加盟する社団法人日本建築構造技術者協会(同)などでは、「設計図面や計算にミスが見つかれば、手数料をまた払って申請し直す必要があり、チェックの厳しさを見極めている状態ではないか」と分析する。
「建築主が早期着工や完成を求めても、制度が定着してスムーズに動くまでに1、2年は必要だろう。安全・安心を実現するには時間もコストもかかる」。都内のベテラン建築士はそう指摘する。
(2007年8月28日14時47分 読売新聞)

http://www.nikkeibp.co.jp/news/const07q3/543277/
積水ハウス、15日間の一部営業停止、マンション工事で建設業法違反
2007年8月27日 17時17分
国土交通省の近畿地方整備局は8月27日、積水ハウスが建設業法に違反したとして一部営業停止命令を出した。名古屋市北区のマンション新築工事で監理技術者を置かなかったことや、同市東区のマンション新築工事で自社の社員ではない監理技術者を置いたことが理由。積水ハウスは同日「処分を厳粛に受け止め、経営管理体制の見直しと再発防止に努める」との声明を出した。
今回の処分では9月11日から15日間、岐阜、静岡、愛知、三重の4県で民間工事の営業を停止させる。
積水ハウスによると、名古屋市北区の工事については、専任の監理技術者を任命したが、この技術者は工事進ちょくに関する報告資料を確認するだけで、一度も工事現場に行かなかった。また同市東区の工事では、他社から長期の出向で来ていた人員を監理技術者として任命していた。
同社は再発防止に向け、本社の品質管理部門を強化し、工事現場へのけん制機能を高めるとしている。また各地域で支店を統括する営業本部が、着工予定物件ごとに適正性を確認する。なお、今回の一部営業停止による業績予想の修正は行わない。
国交省の近畿地方整備局は同日、2月に公正取引委員会から道路標識工事の談合に関する課徴金納付命令を受けた積水樹脂にも9月11日から15日間の一部営業停止命令を出した。東京都内での公共工事と公的補助金を受けた工事の営業を停止させる。

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http://www.nikkeibp.co.jp/news/const07q3/543328/
原発の付帯設備でも耐震性向上が必要、5学会が合同報告会
2007年8月28日 10時21分
土木学会、地盤工学会、日本地震工学会、日本建築学会、日本地震学会の5団体が柏崎刈羽原子力発電所に派遣した調査団のメンバーらは、付帯設備などの設計に不十分な点があるとの見解を示した。8月22日に開催した中越沖地震の災害調査報告会で明らかにした。地震発生から約1カ月後に開催した報告会の会場は、東京大学生産技術研究所コンベンションホール。参加者は約5時間に及ぶ報告に聴き入った。
土木学会などは8月7日、柏崎刈羽原発に25人の調査団を派遣し、発電所内の建物、周辺地盤、機器などの被災状況を目視で調査した。22日の報告会では団員の見解を紹介。原子炉建屋などの重要度が高い建造物で安全性を確保できたとの見方が大勢を占めた。想定していた地震動を上回る地震に襲われたものの、耐震設計に十分な余裕があったことなどが理由だ。経済産業省原子力安全・保安院の資料によると、原子炉施設には「止める(原子炉の緊急停止)、冷やす(停止後の崩壊熱除去)、閉じ込める(放射性物質の格納容器への閉じ込め)」という安全機能が求められる。耐震性の確保には、堅い岩盤上への建設や、考えられる範囲で最大の地震を想定する必要がある。
付帯設備などの設計については見直しが必要であるとの意見が多い。耐震設計クラスの異なる構造物で基礎の不同沈下が起きる被害が出たためだ。東京電力の発表によると、3号機変圧装置の火災は、沈下の衝撃で絶縁体が損傷したことによる。調査団員らは、こういった被害が重要施設の安全に直接かかわるものではないものの、国民の間に不安を抱かせる結果になったことなどを考慮し、施設全体としての安全性を確保するように設計すべきだと提案した。

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