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2007年7月28日のアーカイブ

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体験者の娘「集団自決は軍が命令」 「沖縄ノート」訴訟
2007年07月27日22時32分
 太平洋戦争末期の沖縄戦で住民に「集団自決」を命令したように書かれて名誉を傷つけられたとして、元軍人らが岩波新書「沖縄ノート」著者の大江健三郎さんと出版元の岩波書店に出版差し止めなどを求めた訴訟の初の証人尋問が27日、大阪地裁であった。集団自決が起きた沖縄・座間味島で聞き取り調査を続ける沖縄の女性史研究家、宮城晴美さん(57)が出廷し、「自決用の手投げ弾を与えられた住民もおり軍の命令はあった」と述べた。座間味の東の渡嘉敷島にいた元将校2人は自決命令はなかったという立場から証言した。
 訴えているのは、座間味に駐留していた海上挺進戦隊の元戦隊長、梅沢裕さん(90)と、渡嘉敷の元戦隊長だった赤松嘉次さん(故人)の弟秀一さん(74)。記録などによると、座間味で約130人、渡嘉敷で300人以上の住民が集団自決したとされる。
 宮城さんは「島の中で住民と日本軍は濃密な関係にあった。軍は、米軍に投降すると、女性は強姦(ごうかん)されて殺される。男は八つ裂きにされるといった情報で住民に恐怖心を植え付けた」と説明。軍人から自決用の手投げ弾を渡された住民もいたとし、「自決には軍命令があった」と指摘した。

 母の故・初枝さんは当時、座間味にいて手投げ弾で死のうとしたが不発で生き残った。初枝さんの手記をもとに00年に出版した著作「母の遺したもの」で、村幹部らが自決用の弾薬を求めた際に原告の梅沢さんが「今晩は一応お帰りください」と答えたと書いた。
 原告側は、この記述を命令がなかった根拠の一つにしているが、宮城さんはこの日、「隊長は部隊の最高責任者。隊長が『投降しなさい』と言っていれば集団自決は止められた」と述べた。
 一方、原告側証人として証言した渡嘉敷の戦隊の元中隊長、皆本義博さん(85)は、隊長の自決命令を「まったく聞いてない」と述べた。集団自決への責任については「指揮官個人ではなく、帝国陸海軍が背負ってきた責任があると思う」と述べた。戦隊の元幹部、知念朝睦さん(84)も「隊長の命令はなかった」と述べた。
 11月9日には、同地裁で大江さん本人に対する尋問が行われる。

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